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本物の応援   

最近よく考える。





本物の「応援」ってなんだろうと。






相変わらず変な人です







「応援する」って結構、我慢がいる。
しんどさも伴う。









その人の成長を、いい時も悪い時も、
ときには側でときには遠くで、
いつも気にして見守っている人







ときには叱咤してくれて、ときには激励してくれて






その人のいいところも長所も、まだまだなところも短所も
全てひっくるめて支えてくれる人






親や親友に似ているのか







私も応援している人がいる。
上記に書いた通り。
全て含めて、ずっと応援したいと思う。






「本物の応援」ってする方もされる方も大変だ。





でも、そういう人の繋がりが大きな力を生む。





応援したい人がいる幸せと
応援してくれる人がいる幸せと。






だからいろんなことにぶつかって頑張っている人を全力で支えたい。
だから失敗を恐れずに、まだまだな自分のままで全力でぶつかりたい。







誰にでも、きっといると思うなー
本物の応援団






何があっても味方でいてくれる人が。





ただ批判したり、ただイヤなことを言う人との区別は自分で判断しないといけない。
そういう人はきっと「いいとき」しか側にいてくれないので。





♪♪♪♪♪♪♪

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写真は生徒さんが作ってくださった心休まるごはん。
いつも支えてくださる。
着実にピアノの音色が変わってきています。
お人柄そのまま、「あたたかな」ごはんでした。



♪♪♪♪♪♪♪♪



そして父の美味しい野菜です。
とってもうまい!!
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いただいた美味しい焼酎とともに。
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こちらもいただいたとってもとっても美味しいチョコレートケーキ!!
( ジャン=ポール・エヴァン)
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そして、たぶん初めて揚げ物に挑戦しました笑

油がはねるのが怖くて、また油がそんなに好きでもないので、今まで揚げ物は外で食べるもの、として生きてきました。

意外と美味しくできました!
唐揚げ、我が家のメニューに仲間入りの予感です。

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by chikako-kokachi | 2018-05-24 23:23 | 音楽 その他

【本】自分を見失いそうになった時に読みたい本〜日日是好日   

今月は移動が多く、本を読むピッチが上がっています。
しかも、心にくる本が多く、紹介しきれるか分かりませんが、、、
まずはこの本。
友人が紹介してくれて、貸してくれました。






ものすごく感動しました。
そしてサラサラと文体もとても読みやすいです。









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森下典子さんの「日日是好日」
副題に〜「お茶」が教えてくれた15のしあわせ〜
とあります。







あとがきを書いていらっしゃる平成14年の段階で25年。
25年間続けてきたお茶を通して体験したことが書かれている本です。








これからお茶を習い始めたい人とか
お茶を習っている人とか
そういうかたを対象とした「お茶の本」かと思いきや。。。








そういうものは超えていました。
知らず知らずのうちに涙がにじむ。。。
涙がにじむのは、ギスギスしている心や、視野が狭くなっている脳を解かれる瞬間です。
心の目が何かのきっかけで亡くなっている時です。








自分の生き方に迷ってしまった時
忙しさにかまけて心を失ってしまうそうな時
世の中のこの加速していくテンポについていけなくなった時
人のことばかり気になって、自分が見えなくなっている時
隣の芝生が青く見えて苦しい時
頑張っても結果が出ない時
結果ばかりを求められて苦しい時
大切な人、ものを失った時
etc









きっとこの本が助けてくれます。








長い目で今を生きること







この本の最後の章のタイトルです。
救われます。







実際の目ではなく、心の目をもってしか見えないもの。
目には見えずに、肌でしか感じることのできないもの。
長い年月を重ねてやっと見えてくるもの、気づくこと。


こういったものへの「気づきの時期」は人によって違うこと。
誰かと比べるものでもないし、早ければいいというものではなく。
その人それぞれに「その時」があるということ。







ピアノも同じで、学生の頃、全く目にもとまらなかったものが今見えてきているものがあります。
10年前には気づかなかったことに、やっと気づけたり。
5年前には意識さえしていなかったことを感じることができたり。
きっと今も見えないことがいっぱいあるのだろうと思います。



自分のペースで日々向き合うことによって、他人と比べることなく、自分のテンポでまだ見えない世界に気づいていけばいい。
そこに競争も何もないのです。
だから長い目で今を生きる。








心にきた話をキーワードでまとめると





一期一会の話
前向きで明るいことばかりに価値があるわけではないこと
お釜の前に座ったら、ちゃんとお釜の前にいること(心を無にしてその場に集中すること)
今を味わうこと
人の胸の内は、こんなにも外からは見えないということ
成熟のスピードは人によって違うこと
他人と比べるのでなく、「きのうまでの自分」と比べること







ピアノを弾き始めてから、もう30年以上が経っています。
(年がバレますね。笑)
積み重ねた時間。
やめたい時もあったし、今だってうまくいかないことも沢山あります。
なんのために続けているのか分からなくなったこともあるし
本当にこのまま続けるべきものなのか、悩むことも。






そんな壁にぶち当たった時には、またこの本を読み返そうと思います。
きっと、今の自分にはまだこの本を読んで「見えていない」ことがいっぱい隠れていると思うので。







人の成長はすぐに目に見えるものではないかもしれませんが、きっと、もし回り道をしたとしても、蓄積されている何かがあると信じて。
一つ一つ、見えない世界、気づかなかった世界を自分のペースで広げていきたいです。







最後に本の一番最後を引用させていただきます。






気づくこと。一生涯、自分の成長に気づき続けること。
「学び」とは、そうやって、自分を育てることなのだ。






自分を育てるのは自分。
しかも周りの人にペースを揃えなくていい。
自分が「気づく」その時が、その人のタイミング。






長い目で今を生きる





そう思えたら、きっと少しつづ強くなれる気がします。





私にドンピシャな本を紹介してくれた友人へ、沢山のありがとうを!!



♪♪♪♪♪♪♪♪♪

新曲組曲の初演が秋にあります。
昨日、とってもドキドキしていた初合わせが終わり、ちょっぴりホッとしたのですが、、
予想通り、難しくも素晴らしい音楽でした。
初合わせまでは予想がつかないので、エライ緊張だったのです。
まだあと2曲新曲がくるので、さらにドキドキです笑



さあ、今週末から夏休みまで本番が続きます。
その瞬間瞬間を大切に過ごそう。
頑張ろう。


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♪本情報→日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)



♪過去の関連ブログ




by chikako-kokachi | 2018-05-21 23:56 | 本、映画、絵

マリア・ジョアン・ピリス、最後の日本公演   

ピアニスト マリア・ジョアン・ピリスさんが2018年をもって引退されることを宣言。
最後の日本公演、なんとか川口リリアで行われた公演のチケットをゲット。
聴きにいくことができました。






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(お写真はプログラムより)





この公演はお弟子さんのリリット・グリゴリアンさんとのデュオ。
プログラムはオールモーツァルト。







音源は聴いていたけれど、実際コンサートに行ったのは初めてです。
どうしても生演奏で聴きたくて。







一言で言ったら「感動しかない」









一番心にきたのは、この引退公演、最後のプログラムにお弟子さんとのデュオをもってきたところです。








それぞれのソロ演奏もあったのですが、お弟子さんが弾いている時、舞台上で座ってその演奏を聴いているピリスさんの姿にエレーナ先生が重なり、涙腺崩壊。







まっすぐな姿勢でじっとお弟子さんの演奏を聴いているピリスさん。
どんな想いでいらしたのかなと。







そしてお弟子さんの演奏が終了すると、水を注いで渡してあげるキュートな先生。
会場にアットホームな空気が流れました。







そしてピリスさんの演奏の時はその逆。
お弟子さんが先生の演奏を舞台上で聴いている。
終わると、先生に水を差し出すお弟子さん。
それを飲む先生。






素敵でした。







自分は舞台を引退し、次の世代にバトンを繋いでいく。
そんな姿を目の当たりにした感じです。






連弾の際、演奏前にメガネをかけるピリスさん。
演奏後、メガネを外してお辞儀をするピリスさん。
凛と、自然に舞台に登場する、舞台を後にするピリスさん。







演奏以外のそんな姿もエレーナ先生と重なりました。
短めの髪で背の高さも似ていらして。







演奏で一番印象に残っているのは、音の幅が膨大であること。
音色もしかり
音量もしかり。






これもエレーナ先生の演奏に重なりました。






数え切れないほどの音色。
研ぎ澄まされた弱音と、びっくりするくらい強烈な楽器の鳴り。
打楽器のようなちょっぴり乱暴とも取られるかもしれない鋭い音があるかと思うと、とっても優しく澄んだ穏やかで自然な歌っているかのような美しいメロディーが奏でられたり。






ご一緒している指揮者の先生もよくおっしゃっているのですが






「強い音が出ない人は弱い音は出せない。その幅があるから表現が広がる。」






音量だけでなく全てに通じます。
本当に、ピリスさんのそのレンジの広さ。
私もちょっぴりでもいいから近づきたいです。







そしてびっくりしたのは、椅子の移動など、全てご自身でやっていたこと。





私たちもやることありますし、そのことに関しては何も思っていませんでしたが、まさかピリスさんが!と、会場がどよめいていました笑)







最後に。





街はいろんな音にあふれ、そのガヤガヤの中で時間があっという間に過ぎていく現代の世の中。
たった一台のピアノで、しかもとてもシンプルなモーツァルトの音楽が奏でられている空間で、人々がジーーーっと耳を澄まして聴きいっている絵。







このギャップ。
なんか、脳がこういう時間をすごく必要としていたような気がします。







すごくないですか?







ピアノ一台のシンプルな音に、何百人の人たちがジーーーーット、シズーーーーかに、集中して聴きいるんです。






何度もすみません笑






シンプルな美しさ。
それを感じられる心をなくさないようにしたい。
そう強く思いました。







今生きている私たちが奏でる音楽。
その時しか聴くことのできない貴重な時間。
巨匠と呼ばれる方々のチケットはなかなか入手が難しいのですが。
なんとか時間をつくって足を運んで行きたいです。







演奏後、スタンディングする観客の拍手に何度も応えていたピリスさん。
そんな先生と力強く手を握って一緒にお辞儀するグリゴリアンさん。
きっとピリスさんの背中を追って、グリゴリアンさんはこれからバトンを引き継いでいくことと思います。
引退が悲しいとか、そういう表情ではなく、晴れやかで暖かな自然な笑顔のピリスさんの表情が心に残りました。








余談ですが、この川口リリアでの公演と同じプログラムで本当に最後の日本公演が浜離宮ホールでありました。
が、その公演、プログラムが変更になったそうです。
オールモーツァルトだったプログラム、シューベルトの幻想曲に変わったそうです。
とーーーーーーーっても聴きたかったです。
この曲、私の中では封印しています。
いつか弾きたい。
いつか必ず。






おまけです。
ピリスさんに関するすごいエピソードを見つけました。
これは夢の中の出来事でよく起こっても、現実の世界であるなんて。。。












いろんな想いが交差したコンサート。
最近特に涙脆いです。
そこにいることができて、本当に幸せな時間でした。



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♪♪♪♪♪♪♪♪

今日は小田原で合唱団の強化合宿、その後九州へ移動。

新幹線こだまは小田原から名古屋まで2時間かかりました笑。
そしてのぞみに乗り換え。

だんなさんのお父さまの法事です。
トンボ返りですが、明日は家族でいい時間になりますように。













by chikako-kokachi | 2018-04-29 23:31 | コンサート

舞台で弾き続けるために一番必要なこと   

どんな形であれ(ソロでもアンサンブルでも)本番という舞台でピアノを弾き続けていくために一番必要なことは「メンタル」だと思います。








特に最近そう思います。
もちろんそれと付随して「健康な体」もありますが。









ポイントは「舞台で弾き続けるため」
というところですかね。








お仕事として、お金をいただいて、チケット代金を払ってくださる方々の前で弾くこと、それを一回ではなくずっと続けるというところ。








失敗して「もうダメかもしれない」とか
色々やらかしてしまって「私はピアノに、舞台に向いていないかもしれない」とか
周りを意識しすぎて「私なんかが弾いていていいのだろうか」とか
聴いてくださった方の厳しい言葉が耳に入ってひどく落ち込んだりとか
納得いく演奏ができなくて次に進む勇気が出なかったりとか
etc








実は私はこんなのしょっちゅうです。。。
家ではひどく落ち込んで家族には迷惑かけてばかり。







それでも弾き続けたいか







というところですよね。
失敗を重ねても、次こそはこうしよう、次はもっといい音楽に近づきたい
そうやって、自分の中の想いが奮い立ってくる。







この気持ちがなくなった時に、多分自分はピアノを舞台で弾き続けることをやめないといけないのかな、と思っています。








メンタルを維持するのは決して簡単なことではありません。
舞台での緊張のことだけでなく、生きていると日々いろんなことがあるからです。
当たり前だけれど、いいニュースばかりでなく、時にその逆のニュースもある。
でも本番は日にちが決まっているのでメンタル状態に関係なくやってきます。








昨日、2018年をもって現役を引退されるピリスのコンサートに行ってきました。
書きたいことが沢山あるので、次のブログに書きますが。
お子さんの頃からの長い長い演奏活動。
そこにピリオドを打つ。
その日本公演最後にお弟子さんとのデュオプログラム。
どんな想いでそれを決断したのか。








強靭な、ものすごく芯のある心を持って現役を続けていらしたのだと思います。







スポーツ選手もしかりですね。
40代を過ぎても現役のスキー選手葛西紀明さん。
生徒さんからこんな本を教えてもらいました。




(↑画像をクリックするとアマゾンサイトへリンクします)




「疲れない体」と「折れない心」のつくり方
もうまさにそこですよね!!










昔は舞台で弾くことが夢で
今はこの舞台で弾き続けるために、何をしたらいいのか、考えている。








ポジティブに言ったら「成長しているではないか!」
ということになりますが苦笑








ぶつかった問題点は多様にあり。
中でもこの「メンタル面」は、多くの舞台人の皆様に共感していただける課題のように思います。










1,舞台、本番に向けての「メンタル」=緊張への準備
2,舞台、本番を続けていくための「メンタル」=持続した心の持ち方










この2つのメンタルを、いい音楽のためにも、追っていきたいです。






PS
過去にもメンタルについていくつか書いていました。
特に上記1
舞台、本番に向けての「メンタル」=緊張への準備
に関してが多かったようです。


関連ブログをいくつか挙げておきます。




今は新たなメンタル方面にも目がいきだした、ということでしょう。
これから、持続するためのメンタル維持の記事も書いていけたらと思います。


♪♪♪♪♪♪♪♪



お花は癒しです。
ピリスさんのコンサート記事の後には、「交感神経」と「副交感神経」のことについて書いてみようかな笑
メンタル関係で実感したことを。

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by chikako-kokachi | 2018-04-25 23:48 | 音楽 ピアノ

宇野功芳先生メモリアルコンサート   

先日、2016年6月にお亡くなりになった宇野功芳先生のメモリアルコンサートが終わりました。(すみだトリフォニー小ホール)


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ずっとブログをご覧くださっている皆さまには繰り返しになることもあるかもしれないのですが。。。



2年経って、このメモリアルコンサートを終えて、思った今の想いを綴っておきます。



私が先生と出会ったのは先生が81歳の時。
曲目はなんと昭和歌謡。
ものすごい「美」のこだわりをもって、溢れんばかりの情熱をもって、先生は「芸術」というものを全身で教えてくださいました。
もう言葉ではいい表せないほど沢山。
お亡くなりになるまでの4年間、先生とアンサンブルフィオレッティの皆さまと色々なところで演奏しました。




色々なタイプの指揮者の先生がいらっしゃるけれど、先生は先生の欲しい「世界」に妥協がなく、ちょっと自分の個性を出そうものなら、「ピアニストは黒子のような存在でいてほしい」と諭すようにおっしゃっていました。(黒子の解釈もまた深いのですが)



こんなに自由に弾きたいタイプの自分に務まるのか。。



求められるピアニズムは私が今まで経験してきた世界を超え、先生の芸術像を音にする為に4年間、本当に沢山悩みました。顔にブツブツができるほど、胃がおかしくなるほど大変でしたが、それでもなんとしてでも自分には全くなかった先生の「美の世界」に近づきたかったです。



ご一緒したどのコンサートでも、毎回すすり泣きが聞こえました。
そして一曲終わると拍手だけでなく、ため息とか、思わず口からもれる感想とか、そういった反応が客席から返ってくる、なんとも不思議な空間でした。
義理とかそういうものでなく、このコンサートを心から求めていらっしゃる方がいらしてくださっていたのかな、そう思いました。



たった4年でしたが、あんなに強烈にあんなに独特で妥協のない「芸術」を側で学べたことは、私のピアノ人生の大きな大きな宝物です。



その先生のメモリアルコンサート。
先生はいらっしゃいません。
前奏も間奏も後奏も、ピアノに近づきながら指揮されていた先生がいらっしゃらない。
何故か先生の棒を、手をみただけで、その空間や時間の流れがスッと変わる。
その先生がいらっしゃらないわけです。



とても悩みました。。。



フィオレッティの皆さんと先生とのお時間は16年間。私は4年間。



奏者それぞれの思い出の先生は一人一人違います。
テンポ感一つにしても、ニュアンス一つにしても。
それをどう、何に合わせていくのか。指揮者なしであの繊細な曲の表現を10人でどこまでアンサンブルできるのか。
悩みまくりました。



このコンサートを終えて思ったことがあります。



こうしてものすごい影響をくださった先生の生き様、「芸術」をちゃんと自分の中に成長させていかないといけないということです。



あの頃を思い出して再現していくとか、過去に帰るのではなく、どんどんその感覚を熟成させて、自分の人生と共に成長させていかないといけない、ということです。



これは私の中で確信しました。
音楽は生きていて、ライブのコンサートは生きているものにしか奏でることができないからです。



宇野先生が今回のコンサートを聴いていたら、「僕は君にそんな風に弾いてくれと言っていない」と言われたか、もしくは無言でニヤッとしてくださったか。。。だと思います。



私なんかが先生に出会えたのは奇跡だと思います。この奇跡が奇跡で終わらないよう、時間はかかるし、歩みはゆっくりかもしれないけれど、許されるのであれば、もっともっと「目に見えない世界」を追い求めていきたいと思います。



実は今回、迷いがあまりにひどく、自分の中だけで解決できなくなり前日に恩師に相談しました。恩師のクリアーな一言が、カツを入れてくれました。
もう泣くしかなかったです。



自分の音楽人生、出会えた先生方の背中は本当に大きいです。
音楽だけでなく、生き様からも、ものすごい影響を受けています。
宇野先生がくださったお手紙に「村田智佳子は世界中に自分一人しか居ません、というピアニストになってください。」とありました。
今の自分には恐れ多いけれど、そういうものを目指して日々経験を積み重ねていきたいと思います。




やっと2年経って冷静に先生との時間を振り返ることができました。
もっと教えて欲しいことが沢山あったけれど、あとは自分次第。
そう思ったコンサートの日でした。



終わった瞬間、あ〜終わって良かったよ。。。と心から、心からホッとしました。

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※宇野先生との思い出は過去のこのブログにまとめてありました↓


by chikako-kokachi | 2018-04-22 08:21 | 過去のコンサート

【本】今自分に必要な本に出会う。道を失いかけているあなたへ。〜私は牙のある画家になりたい。   

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2年くらい前に、画家の小松美羽さんを知り、ファンになりました。
その絵に感動したり、言葉に感銘を受けたりしていました。






その美羽さんが本を出版されたということで、早速購入したのですが。
素晴らしく心に響きました。







買い物に行って、なんか分からないけれど、この洋服に惹かれる、ピンとくる、とか。
今日の夕食はこれが食べたい、とか。
初めてお会いしたのにそんな気がしない、とか。
有名、無名に関わらず、この人の音楽が、理由なく好きだとか。





理由はないけれど、心が惹かれる。





そんな感覚、ありますよね。笑




まさにこのタイミング。
この本と共鳴しました。
(と、勝手に思っているだけかもしれませんが。)





何かにくじけそうになっている方!
道を失いかけていらっしゃる方!
諦めたくない方!





そんな方々の大きな支えになりそうな本です。







二つほど。
自分の気づきを抽象的にですがまとめておきます。






この本には、少しスピリチュアルなお話があります。
私はそういうものを否定するでも肯定するでもありません。
今までも、そしてきっとこれからも。





でも、それが何か分からないけれど、そういう目に見えないパワーって音楽の中にもあるな、と経験から感じています。





そして、この本を読んで思いました。





無理やり創り込んだり、苦しみ抜いて悩み抜いて音にするより、もっと向き合う場所、感じる部分を変化させていったら、バリヤーが解けて、より音楽そのままの姿を音にすることができるようになるのかな、と。






次のステップへ進もうとしている自分の今と、重なりあうところがあるな、と強く思いました。
言葉にするのが難しいのですが。
この感覚を大事にしていったら、もう一歩先の世界が開けてきそうな予感がしています。






ガムシャラに進み続ける時間から、悩みぬく時間から、もっと解放された、もっと自然な音楽の姿へ。
自分が一生懸命になるだけでなく、もっと音楽の側からのエネルギーに向き合うこと。





さらに変なコになりそうですが笑
でも、この感覚、ピンときています。






もう一つは。
人との出会いです。
これはもう、お互いがお互いを呼び寄せているとしか思えない。
ひたすら諦めずに、後ろ向きになったりしながら、つまづきながら、それでもなんとか前を向こうと、歩もうと生きていると、ふと、そこに人との出会いが奇跡のようにつながるということ。





この本を読んでいてもそんな話題だらけだし、私の少ない経験からも、その通りだ、と自信を持って言えることです。






共感できることが多すぎで、数回電車で泣きました。
いつものように、残しておきたいフレーズを下記に並べておきます。







♪♪♪♪♪♪♪

魂が共鳴している人は。何がいいのかもわからずに、ただ作品を見つめていることもある。
(45ページ)
※絵にはもちろん、音楽にもありますね。





魂は成長する。聖なるもの、見えない世界とのつながりに想いを馳せれば馳せるほど、魂が成長する感覚が確かにあるから筆をとる。
私は、アートに特別な関心がない人や、普段は美術館に行かないという人にも、自分の作品を見てもらいたい。
なぜなら、魂を持たない人など、一人もいないから。
(45ページ)
※音楽もまさに同じだと思います。





「誰がなんと言おうと、どんどん行きなさい」
(97ページ)


私は家のインテリアとして映える、綺麗な絵を描いているわけじゃない。差別がなく魂が解放される、見えない世界を表現したいのだ。(108ページ)




日本の美大はアートを仕事にして食べていく方法を教えない。技術的なことはしっかり学べるけれど、画家になって活躍したいという夢を抱く学生は、アドバイスらしいアドバイスが誰からももらえないのではないか。(104ページ)
※音楽でもこれは重要。切実な問題。ここをいかに学生のうちから考えるかで、その先の未来は変わってくると思います。





先入観だけで人を分類しない方がいい。人も自分も、決めつけない方がいい。縁はどこからつながるかわからないし、魂レベルで見たら、みんな同じだと思うから。(110ページ)
※本の中で小松さんの死生観がよく表現されています。魂レベルではみんな一緒。その通りですよね。





「画家なら人を見ろ。人の生きざまを見て、感じたことを絵に描け」
「食費を削ってでも画材を買え」(118ページ)
※こういうことを言ってくださる人に出会えたこと。こういう人との出会いで人は成長していく、そう思います。





「神を表現するのに、神さまをそのまま描く必要はないと思います。」(小松さんの言葉 120ページ)



これから私は、見えない世界そのものを描くのではなく、私の絵を通して、みんなに見えない世界を見てもらうためだ。私の絵という、自分だけのちっぽけな心を超えた、大きな世界を知ってもらうのだ。私の絵は、みんなのための道具になる。(121ページ)
※すごい言葉。。






一つ階段をあがったら、すぐに次の段に行けるわけではない。
同じ段で足踏みしているのに、ちゃんと上っていると勘違いすることもある。
次の段が見つからなくて、途方に暮れることもある。
(124ページ)
※そんなことばかりであります苦笑






「版画家ではなく、アーティストになれ!」(130ページ)
※こんなことを言ってくださる方が側にいらっしゃる。この言葉、えらく心にきました。ピアニストではなく、アーティストでありたい自分の心を見つめなおしました。






私は作品に関わる人が、風土が、文化が、どういうものかを感じたい。ただ絵を描くのではない。そこにどんな祈りがあるかを受け取り、作品として描き出すことが私の役割だ。(154ページ)
※ピアノもそうですよね。ただ弾くだけでない。もっともっと奥がある。






「見える世界より見えない世界が大切だ」と思ってきた私だけれど、新しい挑戦で、楽しかった。(中略)
作風というのは、進化につれて変わっていくだろう。(162ページ)
※本当に、年齢とともに何かが変化している。生きているっていうことですよね。






一つ階段をあがったら、すぐに次の段に行けるわけではないと、この章の初めに書いた。だが、私は気づいたことがある。
次の段が見えていても見えていなくても、上り続けなければ、次のステージにはたどり着けない。
あなたが今、階段を上っているのなら、どうか上り続けてほしい。(170ページ)
※少し前に書き留めた箇所の対の箇所。この言葉を私も胸に強く刻みたい。






私自身、熱く戦いたい。謙虚でありたいが、意味のない謙遜はしない。
私は牙がある画家になりたい。(188ページ)
※一番心にきた言葉です。






「世の中には、小松さんより、絵のうまい人はいくらでもいる。でも、あなたの作品はそれを差し置いてユニークであり迫力があります。(中略)『ピカソがピカソであるように、小松は誰が見ても小松だ。』あなたの作品は、紛れもなくあなたそのものなんです」(195ページ)
※音楽にも通じる。紛れもなくそのひとの音楽。そういう一人になりたい。この後に続く文章も素晴らしかった。






メディアの露出を始めは快く思っていなかった。それがメディアというのも様々な人に作品を見てもらうためにの大切なツールだと捉えており、心から感謝している。(201ページ)
※作品よりも、TVなどに露出が増えるにつれ、自分そのものが注目されていることが嫌だった小松さんが、今ではそれに感謝している。それに繋がって画家の生き方に関して、面白いことをおっしゃっていました。長すぎてかけませんが。186ページあたりがとても面白かったです。今を大事にされている。





つまり、これからの人生は、人としてどう成長し、どう生きるかが、ますます重要になってくるのだ。
「あいつは、また面白いことをしている」と何歳になっても思ってもらえるような生き方をしたいと思っている。(202ページ)
※まさにその通りです。






「俺はお前のプロデューサーだ。プロデューサーは『いい』と思ったものを心の底から信じる。信じたものに本気になる。本気になって『これがいい!』という伝染病を広める。だから、プロデューサーってのは職業じゃない、仕事でもない。役割であり、使命なんだ。結果としてビジネスがが成立した時に仕事になって、人から『プロデューサー』と初めて言われるようになる。」(205ページ)
※高橋プロデューサーさんとの出会いの場面から、衝撃でした。出会うべくして出会ったお二人なのかもしれません。この言葉に目が滲みました。どれだけの信頼の上で成り立っている関係なのだろうかと。






自分が描いていて楽しいから、それだけの理由で無心に描いているし、他人の評価はどうでもいいと言う人もいる。私もそういう時期があったから否定するつもりはない。ただ、今の私は役割をまっとうすべく、人に見てもらうために絵を描いているから、たくさんの人に強い関心を持ってほしい。(206ページ)
※音楽にも色々な考え方がある。どこに到達したいかは時とともに変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。それでいいのだと思う。





お姉ちゃん、絵が変わったんだよ。昔のお姉ちゃんの絵は『みんなに知ってもらいたい』とか、自分を出すエゴみたいなところがあったけど、今は違う。お姉ちゃんの絵を見ていると、神社にきているみたいな感じがする。(211ページ)
※小さな頃からお姉さんの絵を見てきた妹さんの言葉。ものすごい。妹さんの感受性も。





成功とは、「成功するまでただひたすら淡々とやり続ける」ということなのだ。(215ページ)
※最近この言葉によく出会います。




肉体の快楽はお金が解決するかもしれないけれど、その肉体には限界がある。だからこそ魂を大切に考えていくことを、あなたに届けと祈り狛犬を描く。絵が魂の薬になるように。(224ページ)
※芸術と魂は切っても切れない何かで繋がっている。だからこそ、人が誕生してからずっと、そういうものが側にあったのだと思います。





192ページから196ページあたりではチームプレーについての記述が。
人の絆の強さが全面に出ています。
一人じゃできないことを、強い信頼を持ってして集まったチーム力で、ものすごい力を発揮できること。


♪♪♪♪♪♪♪


小松さんが昔座右の銘にしていた言葉が、この1つ前のブログにも書いた、茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」



その偶然にもびっくりしながら。
(この一つ前のブログはこの本を読み終えた後書きました。というかこの本を読んで、昔自分が書いたブログをもう一度見直したのでした)




そしてこれからの座右の銘は、最後にご自身の言葉でまとめていらっしゃいます。
深く、思い溢れるご自身への叱咤。
言葉に力がみなぎっていました。




この本に今出会えたこと、今の私には必要なことだったのかもしれません。




世界の中で自分の役割を見つける 小松美羽著
(気になるかたは↓クリックするとリンクします)



by chikako-kokachi | 2018-04-14 22:49 | 本、映画、絵

今の気持ち   

桜が思いきり咲きほこり、そして散ってしまいましたね。
街を歩いていると、ツツジが咲き始めていて。
季節の移り変わりを感じます。





怒涛のように3月が過ぎ。
新しい年度もスタートしました。
続く本番の中で、色々なことが起こり、先週半ば、久しぶりに動けなくなりました。
ご迷惑をおかけしてしてしまった合唱団、そしてレッスンの皆さんには本当に申し訳ございませんでした。






2日間寝込みまして、今週はやっとレギュラーのみのお仕事となり、ゆっくりスタートしています。
なんと先週末には生徒さんのおさらい会(発表会)もあり。
まさかの先生不在。。。
と笑えない出来事になりそうでしたが、なんとか無事終えることができました。





3月4月の本番、そしておさらい会で思ったことは、またまとめてブログに蘇りしていきます。
そして、素晴らしい本にも出会いました。
怒涛の日々の中で学んだこと、今までの経験、ここ最近の悲しいお知らせのこと。
書きたいことは山ほどあって。
いつも気持ちはこぼれ落ちそうです笑





音楽を仕事にすることについても自分の考えが見えてきました。
芸術と生活と、この二つに関するいつも感じる矛盾。






自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ






以前、茨きのり子さんのこの詩に衝撃を受けてから、心の奥でずっと唱えているものです。






うまくいかないこと、いらいらすることを他の何かのせいにするな。
自分の感受性くらい自分で守らないと。
そんなことをこの詩は教えてくれました。










今、音楽がお仕事になっているけれど、決して仕事のために音楽をやっているのではない。




音楽をしたくて、音楽をしている。




もちろんお仕事だから、大きな責任がある。
相手のニーズにも応えていかないといけない。





でもやっぱり私は私の信じる音楽、私が感じる音楽をなくしたらいけない。





謙虚にアドバイスを聞くことは大事。
要望に沿うような音楽ができないのはプロとしてただの実力不足である、と認識している。
ただ、自分がいいと思うものまで曲げる必要はないし、思っていることに蓋をしすぎることもないはずである。
それはただ、誰かとぶつかることを恐れたり、自分が嫌われるのが嫌なだけで、自分の大切なものを無視して世間体を気にしているだけである。






自分の体を痛めつけるように、自分の音楽まで亡くしてはいけない。
それは自己中心とはまたちょっと違う。
(周りから見たらその違いは分からないかもしれませんが)





音楽は生きているものだから。
自分が感じる音楽を失ってはいけない。





私にとって音楽は仕事であるけれど、その前に私の一部であることを今の想いとして書き留めておきたいと思いました。






血圧が上がらず、脱水状態になった時、歩くことができなくなりました。
いつも早歩きの自分が、ゆっくりと休みながら、誰かに支えられながらでないと歩けなくなった。





体も自分で守ってあげないと。
そして、心もです。
そして1人では生きていけないことも、いつも誰かに支えられていることも忘れてはいけない。






大層な話になってしまいましたが。
多分、今の本心。





次回、今出会うべくして出会った本をご紹介します。
本当に。
心の底からこの本に感銘を受けることができたのは、今の自分だからだと思います。
早すぎても遅すぎてもこんなに響かなかったと思います。





ちなみに今日はなんだか偉そうにこんなブログを書いてしまいましたが。
自分の音楽に自信満々かと言ったら、全く全く逆です。
でも、続けたいから。
これからも色んな方との音楽を通して、成長していきたいから。
だから心にも正直でありたい、そう思って書き留めたまでです。
甘えるのでなく、むしろもっとストイックでいい。





やっぱりブログは私のお家のようなところです。
少し遅くなりましたが、今日は桜のお写真です。
良い一日を!

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by chikako-kokachi | 2018-04-12 08:25 | その他

小学生との本番から感じたこと〜見えないところが要となる   

リサイタルが終わり、3月10、11日は小学校の音楽会での本番。








学校にはとっても素晴らしいホールがあり、そこで各学年合唱や合奏を発表していきます。







私も初めての体験でした。









お手伝いしている合唱団も音楽会初デビュー。







さらに4年生、6年生と一緒に音楽。







そして合奏の選曲がすごかった。
5年生6年生になってくると、ドヴォルザークのシンフォニーなど。
使用している楽器も多様で。
自分が小学生の時とは全く違う世界でした。









時代なのか、公立と私立の違いなのか。







一つ、深く心に残ったことがありました。








人は人の支えによって、思わぬ力を発揮するということ








大きなホールですが、全校の保護者の皆さんが1日に入りきれない為、2日間に渡って開催されていました。
私がご一緒した高学年のみんなの親御さんたちは2日目にいらしていました。








練習の時も、本番1日目も頑張っていたけれど、本番2日目、ご家族が応援に来ている日は、さらにすごい集中力でした。
朝、8時台からの練習、その時からもう何か空気が違っていました。










誰かに見られていることがパワーとなっている








自分を応援してくれている人が見てくれているから頑張れる









こうした応援や支えが、本番でいつも以上の集中力のバックアップになってくれるのだな








と。









ある方向から見ると




人の前で自分をよく見せたい





ある方向から見ると





自分の近しい人、自分を応援してくれる人のために頑張りたい






真実はどちらにあるのか
両方なのか
分かりませんが








どちらにしろ、応援してくれる人がいることが子供達の大きなモチベーションになっていました。
人に支えられている、ということがどれだけ子供達のパワーに繋がっているか







考えさせられました。
まさに自分もそうだなと。
1週間前を思い出しました。









そして、もう一歩進むともっと素敵だな、と思ったのでした。









その時だけでなく、日々、いつもその想いを胸に、自分と戦うこと、向き合うこと。







見られている時だけ頑張るのではなく
見られているから「よく」見せるのではなく








いつも、応援していただいていることを胸に、自らの意思で努力すること。







ここまでいけたら、ここまで思えるものに出会えたら。








自分がそうしたいからやる。
たとえ見られていなくとも。
見られていないところでこそ積み重ねていく。







ピアノはまさにそう。
人前で弾くためにどれだけの時間をかけて、どれだけ勉強しているか。
舞台では華やかに見えるけれど、その裏は?







人から見えないところが大事。
それがその人の芯を、核を担っているように感じます。








毎週、刺激ばかりです。








さて、これから10日間の間に小学生、中高生、大学生、そして大人の合唱団の皆さんと、4本の本番が続きます。
寒暖の差、移動もあります。
体調に気をつけて、気を引き締めてまいります。
移動中にブログ、更新できるかな?






みなさんもどうぞ寒暖の差、お気をつけください^^
ではまた。









PS
今日レッスンに実家に帰ったら隣の公園で梅が咲いていました。
優しいピンク。
もうとってもとっても可愛い姪っ子甥っ子たちともちょっとだけ遊べて。
元気もらいました。
なんであんなに可愛いのだろう(←オババカ)





今、自分の叔父や叔母達が優しく支えてくれているように、私もこの姪っ子甥っ子たちをずっと応援し続けられるオバでいたい、そう思います。



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by chikako-kokachi | 2018-03-18 22:56 | 音楽 その他

春に想う   

少し前まで、春がくると嬉しいことばかりがやってくる気がして心がウキウキしました。





でも、歳を重ねると少しづつ様子が変わってくる。







毎週会えることが、毎週音楽できることが「生きている」ということになっていた







何気なく毎週会えると思っていたのに、いつの間にか会えなくなって、お別れも御礼も言えず、そのまま永遠の別れになることもある







「生きている」からこそ「会える」けれど、誰にでも必ず「別れ」はやってくる







どう生きたいか
どう日々を過ごしたいか







いつも感謝を伝えているだろうか
ちゃんと本気で向き合っているだろうか
毎週、毎日会えるからってうやむやしていることはないかな





「綺麗なドレスね。素敵ね。似合っている」
「いつも美しいピアノをありがとう」




ニコニコしながら声をかけてくださっていた姿を思い出しながら、自分はその方のように真っ直ぐ「生きて」いるだろうか、胸に手をあてます。








たぶん自分は「個と個」の付き合い、「狭く深く」人ととの繋がりを築きたいタイプである





でもピアノの道を選んで、幸せなことに多くの方と出会うこととなって。
毎回全員お一人お一人と会話をするわけではない。ただ、一緒に音楽していることに関しては、深く繋がっていると思う。






なんでもない話をしたり何かを語りあったり、そんな風に一対一で直接言葉を交わせない代わりに、その時間、一緒に音楽を奏でる時間を大切に、誠実に向き合うことで、自分という存在が誰かの役にたったらいいな。






目に見えない関係ではあるけれど、今ご一緒している皆さんとは、そういう空気で繋がっているように勝手に思っています。






学生の頃は、ひたすら練習して、練習して。何よりもその時間が大事だと思っていた。







社会に出て、ピアノを弾くことが自分のためだけではなくなって。






社会に出て、音楽を通じて色んな方と出会って、人生勉強ばかりで。





「生きて」いるからこそ「感じて」「影響を受けて」そのなかで「自分の考えがうまれて」





人生が変化していくとともに、音楽への向き合い方も明らかに変わってきている。





忘れないように。
ちゃんと書き留めておく。
美しい生き方を教えてくださったことを。






今まで以上に「生きること」に一生懸命でありたい。





そして、音楽で繋がっている皆さん全員と、せめて音楽で、ピアノで、何か心通うような会話ができたらと思う。






春は出会いの季節であり、別れの季節。








by chikako-kokachi | 2018-03-14 12:23

続けるということ   

朝からレッスンして、少し自分の練習して、5時間に及ぶ合わせ、そしてこれから移動して、また自分の練習




現在移動中
合わせの内容が濃くて、頭から煙でそうです





そんななか、茂木さんのブログでこんな言葉が








続けることが形になろうがなるまいが、どんなにつまずこうが、凹もうが、続けることをやめたい、と思うくらい苦しくとも、きっと続けるであろうものに出会えて幸せなのかもしれない






昔、「ピアノを弾いてることはただの自己満足だ」と強く言われたことがあります





当時は悔しくて泣きまくりました
でもよく考えるとその通りで
誰かのために、とか言いながら結局自分の為なのか、自己満足の何物でもないことをしているのかと






でも止めることができませんでした





今、合唱団の方、生徒さん、友人、家族、お世話になった先生方、他にもたくさん、コンサート、頑張ってね、と応援してくださって






その愛情にどれだけ助けられていることか






自己満足なのか、誰かのためなのか、その結論はピアノを止めるまで出ないかもしれないけれど






それを受け入れて続ける






これから音楽の道に進みたい方へ
本気であるならばやめないで続ける
きっと道は開けると信じて
綺麗事のようですが





煙でそうな頭でそんなことを思っています







さて、お家につく
練習、練習












by chikako-kokachi | 2018-02-11 20:33 | 音楽 ピアノ