カテゴリ:エッセイ( 6 )   

恩師と先生   

真夜中にこんなことを考えている変な人です。





先生





恩師






どういう関係で呼び方が変わるのかな、と。







ピアノに限ってではないです







先生はみんな恩師、というわけでもない感じがする









長く一緒にいたら“恩師”になるのか








これも違う気がする








もっと言うと








師と弟子







先生と生徒







の関係。






悶々と考えるのが好きな性格のようですみません。








ネットで検索したら、色々でてきそうですが、今はそれをぐっと抑えて、自分の言葉で書き留めます。









先生は“知らないことを教えてくれる人”と言うイメージがあります。
生徒はそれを受け身で学ぶ感じ。
2人をつなぐ対象(ピアノであればピアノ)のものがメインとなり、需要と供給がうまく噛み合っているイメージ。







恩師は“もちろん知らないことを教えてくれる人”でもありますが、それだけでなく、より心の近くにその人の存在を感じることができ、その人の生き様から、要するに、背中で弟子に伝えてくれることが多いのかな、と。
時に厳しいことも、その人を思って言ってくれる。
(弟子の方もそれが自分を思っての厳しさだと分かっていることが前提)
だからこそ、見えない繋がりが強い感じ。
そして恩師は弟子がどう言う人なのかををよく分かっている。
(逆もそうなのかもしれない)








だからと言って、恩師と弟子は“神と信者”みたいな関係でもないと思う。








最終的に恩師は弟子の“自立“を願っていて、“個”の人として、弟子を見てくれている関係だと感じる。








私の恩師はよく言っていました。








弟子は師匠を越えようと思わないといけない。
(師匠もまだまだ頑張るから、なかなか超えられないと思うけど、と付け加え)







注・弟子や師匠と言う言葉でなく、「あなた」「私」と言う言葉で








もう1人の恩師はこう言っていました








最終的には自分で考え、“自立”して欲しい








と。









ふと思います。







私は、素晴らしい先生に恵まれてきました。
そして、生き様を見せてくれて、人生をも変えてくれるような恩師にも出会いました。
しかも1人でなく。
人生でこんな“恩師”に出会えるなんて、とても幸せなことです。
ピアノからこんなにたくさんの人生の学びを得ました。
まだまだなことだらけで自分が嫌になることもあるけれど、この出会いを大切にしっかり生きていかないと、と思います。







この夏、小学校や中学校の先生をしている学生時代の同級生と一緒に音楽をしました。
2人とも、本当に情熱的です。
あつい。
“教育”ってとてもとても大事だと。
こんな先生達に見守られながら日々過ごしている生徒さんたちは本当に幸せだと思うのです。
本人自身がそれに気づくタイミングはいつだか分かりませんし、もう気づいているかもしれないし。
これだけ真剣に向き合ってくれている先生。
ピアノの場所から、声を大にして言いたい!!
「みんな、こんな素晴らしい先生と一緒に音楽できるんだよ、これはすごいことなんだよ」
って。






友人たちの本気、情熱と同じ時間を過ごすと、あ、私もまだまだ。。。もっともっとできることがある。。。と思わざるをえません。
もっとピアノ、音楽に向かってやれることがあると。









最後に一つ、エピソードを。







エレーナ先生の連絡がきた時、ちょうどもう一人の恩師と仕事の連絡をしていました。







その時はショックが大きく連絡を閉ざしてしまったのですが








翌日、またその連絡を再開した時に、エレーナ先生のことを伝えました。
その日は本番の日で、自分の気持ちのもって行きどころが分からなくなっていました。
ただ、ひたすら、しっかり務めなくては、しっかりしなきゃと思っていました。








そうしたら、その恩師からこう返ってきました。







気負わずに、あなたらしい素敵な音楽をしてきてください







あーーーーきっと先生は分かっていたのだな、と。
私が肩に力を入れて臨もうとしていたことを。
そのメールをいただいた時、こんなに自分を見ていてくれる、自分を分かってくれている先生がずっと側にいてくれたのだと理解し(もちろん今までも十分理解していたつもりだったのに)号泣でした。










何をするにしても、どの世界でも、恩師に出会えるということは最高の幸せで、恩師とは、その専門分野に限らず、人生をも、人としての道までも、変えてくれるような存在になりうること。







これを書き留めておきたく。








今はいろんな情報がたくさんです。
いろんなことを自由に発言できる時代です。
でも、本当に心から繋がっていける人と出会うには、自分自身の感覚が必要だと思います。
直感というか。
だからこそ、日々“感性”を磨き続けないといけないな、と。









この言い方があっているか分からないけれど、例え何かあっても、その先生を信じて一緒の時を過ごせてよかったと思えるような方と出会えたら、ピアノの時間も幸せな時間になると思います。







先日の日経新聞のコラムの最後にこんな言葉がありました。







現在とは過去からの選択が集積した一時の結果だ。
今後も、時々の暫定に過ぎない。
人生の意味など、先走って考える必要はない。
(かきねりょうすけ 作家)






恩師の背中、生き様をしっかり見て、感じて、“暫定“を積み重ねていった先に、人生の意味が分かったら・・・







しっかりしなきゃ。




















そう信じて。


by chikako-kokachi | 2017-09-21 01:13 | エッセイ

輝く人   

今、なが〜い移動中であります。
週末は最近よくあります。


本を読んだり、楽譜チェックをしながらです。



今日もご紹介頂いた、すごく心に沁みる本を読み、頷きながらです。




また、移動時間は一人で色んなことを考える時間でもあります。



唐突ですが、メモです。
あまりブログをこう突発的に書かないのですが。
忘れちゃいけない、そう思ったので。
(In ロマンスカー笑)



人はそれぞれに居場所があって、その中でできることに必死に取り組む。それが誰かの為になり、社会の為になる。



自分の場所で輝いている人の周りには、人が集まっている。



それはその人がその場所で真剣に仕事や人と向き合っているから。



人は、あまり多くを望み過ぎず、今あるものを大事にしてその輪を広げていくのが幸せなのか?




誰かを羨むより、今自分にあるものに誇りをもって向き合うことで、ひらけてくる世界があるのか?



答えはまだだけど。




とても素敵な人に出会えて、こんなことを思いました。



輝くっていうのはこういうことだと思いました。本気で輝いていらっしゃいました!




美しいってなんだろう。





そろそろ到着。わら
レッスン、いってきます!!





by chikako-kokachi | 2017-07-15 16:39 | エッセイ

なんでもないはなし〜一歩一歩   

いきなりですが、ファンデーションが得意ではありません。


昔、リキットタイプの薄づきを数年使っていたこともあったのですが。


なんとなく肌が呼吸できない気がして、使わなくなって久しく。


ベースは日焼けどめと、化粧下地、そしてパタパタはたいて終わりメイク。


さすがに年齢とともにどうなのかな、と思っていたところ、ちょっとご指摘をいただきまして笑





そうしたら気になってしまって、先週の本番前に、と思い、早速デパートへ行きました。


じゃん!!
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ベースメイクはいつもこちらなので、こちらで、「一番付けている感がないものを!」とお頼みしました。


しかも夏になると汗でファンデーションが崩れるのが。。。


と一言お伝えしたら、


「何でファンデーションをぬっていますか?」


と。


「手です」


と言ったら


「手は皮脂があって、それがファンデーションの油分と喧嘩する。。。」


というようなことを言われまして、


「ではスポンジを使った方がいいのですか?」


と質問したら


「こちらのブラシがお薦めです!」


と、上記お写真、ファンデーションのとなりに移っているブラシをお薦めされました。






“ぶらしで〜?!”


と心でつっこみながらも、試していただいて。


毛並みを整えられている馬の気分はこんな感じなのか?笑


と。


肌心地が気持ち良かったです。


ブラシを使う事によって、素早く均等にファンデーションがフィットするそうです。


伸びがいいので、ファンデーションの量も半分以下で大丈夫、ということで。


お手入れも簡単、半永久的に使用できるようです。


ファンデーションくずれが起こりにくくなるなら、と購入を決めました。


(ま、値段にはびっくりしましたが!笑)





化粧は必要最低限の興味しかありませんが、そんな私の小さな一歩です。
“ブラシ”には衝撃でしたが。
自分の知らないところで、世の中は進歩している。。
これでどれだけ綺麗になるのか謎ですが、何かに手間をかけるというのは、大事なことなのかな、と思った出来事でした。




余談ですが、店員さんに


「こうやってだんだん必要なものが増えていくのですね。。」


と思わずこぼしたら


爆笑されました。


返しに困る言葉を使ってしまった、、と反省しました苦笑


♪♪♪♪♪♪

もう一つ新たな一歩。


ロシア語を習い始めました!


これはもう何年も前から思っていたのに、実行しなかったことです。
3月に通訳でお世話になっていた先生ご夫妻がご帰国されてしまったので、それまで週2回ほど使っていたロシア語を使わなくなってしまう。。。そこに危機感を感じました。


また、3月にロシアに行って、やはり私はロシアの音楽、ロシアの魂のようなもの、ロシアの雰囲気が好きだな、とあらためて思ったのです。それにはやはり“言葉”が大切。ロシア語の響きも大好きで。


色々検討した結果、夜中(?)でも受講できる、マンツーマンで1時間、自分のスタイルに合った授業の進め方をしてくださる場所をみつけました。スカイプのオンラインでの受講。月8回コース(週2)と月20回コース(週5回)がありました。本当は週5回コースを選びたかったところですが、この1年は週2回コースにて。


こちらです。参考までに。


ものすごく楽しいです笑


基本的に練習終わり or 仕事から帰宅し、大急ぎでご飯をつくり、23時からの24時迄。
ひたすら先生とロシア語をしゃべります。
通訳をしているので、会話や訳はさすがにスムーズにいきます。
が、文法がめちゃくちゃ。。。
昔習っていたことをまた基礎から積み重ねている最中です。
語彙の幅も広がっているのが実感できます。


何故もっと早くに始めなかったのだろう。。
と思うこともありますが。
何か大きなきっかけがあったからこそ踏んぎりがつくこと、多いように思います。
習い始めた時期に、丁度今秋のピアノ講習会の通訳のお話もいただきました。
先生方がご帰国されても、ロシアから離れたくない気持ちが何かを引き寄せてくれたのかもしれません。


小さな一歩スタート。


※ちなみに、NHKラジオのロシア語講座は、前の週のレッスン分がこちらのストリミングで聴けるようになっています。常にロシア語に触れていたいので、よく流しています。ラジオは決まった時間に聴かなくてはいけない、、、という昔の常識はなくなっていますね。。。

応用編はこちらで聴けます

入門編はこちらです

♪♪♪♪♪

その他、あらたな一歩に焦点を当てて書いていたら、下記のようなこともみつかりました笑


玄米をいただいたので、玄米ご飯を初めて炊いてみました^^
ありがとうございます!!
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友人と短時間ですが会う約束を。
その場所をカフェではなく、公園デートしたのも初めて。
東京にこんなオアシスのような場所があるのですね。。
皇居、北の丸の内公園。
ベンチに座ってテイクアウトしたハンバーガーをほうばり、ひたすらお話。
音楽のこと、人生のこと、色いろ。
短時間だって、こうして会いたい人には会う。
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なんでもないことですが、これからも小さな新たな一歩を一つ一つ積み重ねていきたいです。
その経験が音楽にも生きてくるように思います。







by chikako-kokachi | 2017-05-31 23:58 | エッセイ

おんがく   

最近ピアノを弾いていると涙もろい



なんて素敵なメロディ。。



何て切ない和音進行。。



音と空間が作り出す素晴らしい瞬間にブワっと目が水分で潤う



そっから色々想像する



その曲を作った人のこととか



その曲がどういう風な状況で出来上がっていったのか、とか




あまりに美しくて、この音楽の存在自体が幻なんじゃないかとさえ思えるときも




もちろんクラシックに限らず



♪♪♪♪♪




誰かと音楽するとき




音と出してる人間同士が、それぞれその出した音をお互い敏感に感じているか




少なくとも自分から聴けていると、相手がどちらを向いているのかが分かる




片想いのような切ない時もあったり、両想いのように幸せを感じることもある




決して見つめ合うだけでなく




お互いが目配せしながら感じ合いながら、でもそれぞれが前を向いて進んでいく感覚



あ〜ピアノパートはただの伴奏じゃないと思える瞬間



♪♪♪♪♪



おんがくは生きている


自然に呼吸をして生きていて




時に情熱的に



時に苦しく



時に純粋で



時に混沌とし



時に怒って



時に迷い



時にさわやかで



時に深刻で




時に幸せで




何とか生きている




だから




ジャンルに関係なく



ソロアンサンブルに関係なく



プロアマ関係なく



おんがくの脈拍を感じながら



「生きていること」を感じながら



おんがくと共に「生きたい」




♪♪♪♪♪



なんとなくだけど



少々涙もろいのは




生まれたばかりの姪っ子に会えたからだと思う



呼吸をすると体でわかる



小さな体が精一杯呼吸している



ミルクをちょくちょくのんで



体をグルグル動かして



あーー人ってこうやって生きているんだなーって



なんか奇跡のような出来事じゃないですか?





この子たちが大きくなった時代が平和であって欲しい



♪♪♪♪♪



姪っ子ちゃんに会えて



「生」と「おんがく」がリンクしたから




おばは妙に涙もろいのです



きっと



夜中のひとり言














by chikako-kokachi | 2017-05-14 01:22 | エッセイ

尾崎豊さんをご存知ですか?   

昨日ネットでニュースをみていたら、神田沙也加さんのご結婚のニュース。
おめでたいおめでたい!






その後の記事にびっくり。





沙也加さんって松田聖子さんと神田正輝さんの娘さんだったの??






という。





びっくりである。





そうか、これが時の流れ。
世代の移り変わりなのだ、そう感じた。






少し前に、若い生徒ちゃんと“尾崎豊”の話になった。






彼女は、最近メディアで尾崎裕哉さん(尾崎豊さんの息子さん)の歌声を聴き、その経由でお父さんの尾崎豊さんの音楽に辿りついたと。






逆を言ってみたら、尾崎豊さんを知らなかったということで、そうか、これも世代の違いだな、というのを強く感じていたところである。





生徒ちゃんは尾崎豊の音楽にとてもとても感動したと。



よく分からないけど涙が溢れたと。





私も同じ気持ちだったことを思い出した。






1992年4月25日、尾崎豊さんは亡くなった。
まだ26歳。
TVに映しだされた冷たい雨の日の映像を今も覚えている。






思春期まっただ中の私は、たぶん、亡くなる前から彼の音楽を聴いていた。
“感動”という感情の振れ幅がどれだけあるのか想像もしていなかった頃、その湧き起こる感情をどう表現したらいいのか分からなかった頃、今以上に漠然とした感性で生きていた頃。





「なんだこの音楽は、なんだこの歌詞は、なんだこの歌声は。。。」






何だか良く分からないけれど、心揺さぶられまくっていたのを覚えている。
心にズケズケ侵入してくる“リアル感”
意味もなく涙してしまう訳の分からない感情。







生徒ちゃんと話をしていて懐かしくなり、家に帰って久しぶりに「尾崎豊」を聴いた。





当時と同じ様に甦ってきた、“侵入者”
音楽で心揺さぶられるってこういうことなのだな、という感覚。






どうしても、自分の専門に凝り固まることが多くなる。
クラシックを学ぶ人は、クラシック。






他の世界は分からないけれど、
ジャズを学ぶ人は、ジャズ。
ポップスを学ぶ人は、ポップス。
演歌を学ぶ人は、演歌。





どの世界にも偏りはあるのかもしれない。
むしろ偏っていないとストイックになれないこともあるし、偏ることでしか得ることのできないものもあるかもしれない。





ポップスには時代時代の流行がある。
今自分が生きている時代の音楽、普通に生活していて耳に入ってくる音楽。
それ以外の時代の音楽を耳にするには、意図的に自分からコンタクトとらないと触れる機会は少ない。




やはり意識が足りないと耳に入ってくる音楽は時代や環境で大きく偏る。





子供の頃、両親が聴いていた音楽は自分の体に染み込んでいるから、育った環境は大きいと思う。






クラシック音楽を学ぶ人ほど、こういうことに敏感になるといいかのかもしれない。






尾崎豊のこの魂の叫び。
はじめて耳にする方も、昔を思い出す方も。


音楽は本来自由なもの。
表現は無数にある。
そういうところに人の生きる力を感じる。
音楽は宇宙のような存在のはず。




夜中に書くと、いつになく饒舌である。笑
楽しい。



尾崎豊 卒業





尾崎豊 Scrap Alley





【コラム】メロディーメーカーとしての尾崎豊論



実はまたもう一人姪っ子が誕生した。
嬉しすぎる!!!




姪っ子甥っ子世代の子達が大きくなったら、尾崎豊さんを知っている子がいるのだろうか?神田沙也加さんが松田聖子さんと神田正輝さんの娘さんであることを知っている人はどれくらいになってしまうのだろう。

by chikako-kokachi | 2017-04-28 01:07 | エッセイ

心臓のはなし   

別に怖い話ではありません。笑





どうでもいい私のファンタジーの世界です。





お時間ない方はここでストップください。笑






最近心臓について思うことがあります。






普段はあっという間に眠りにつくのですが、緊張やストレスが続くと、お布団に入っても眠れない日があります。






ここのところそんな日が続いていて。






なんとなく、胸がギュッとしめつけられる感覚があって。






ふと、床につくと、心臓がバクバクいっているのです。






これから体が寝ようとしているのに、心臓が妙に元気なんです。






それほど覚えてもいないのですが、昔、心臓の役割について何の授業だったか、学びました。






心臓がポンプで、体中に血をめぐらしていると。
(合っていますか?)





これから寝ようというときに、そのことを思い出してしまいまして笑






「あーーーー私の心臓かわいそう。。。」






「体が眠ろうとしているのにアナタは全力で働いてくれているのですね。。。」





「文字通り年中無休で働いてくれているのですね。。。」






「この前の本番の前も、あの練習前も、そういえばあの本番の日も、いつも必要以上にドキドキさせてしまってごめんね。。。」






「毎日電車ギリギリで、駅まで走ってばかりでごめんね。。。つかれるよね。。。」






とか笑







思わず、心臓の大きさを調べましたよ。
こぶし大だそうです。






「あーーーーこんな小さいのに毎日動いてくれてありがとう。。。涙」






って思ったら余計眠れなくなりました笑







ただの変な人です。






一瞬、あまりにかわいそうだから少し休んだらいいのに、なんて思ってしまったけれど、休まれたら私もとまっちゃう、と気づきまして、最近は、この小さな心臓や自分の体に日々「ありがとう」を伝えるようになりました。








歳とともにプレッシャーを感じることが多くなっています。
そんなに気にしなきゃいいのに、性格だからどうしようもない。
でも対策は練れる!
(次のブログに書きます)
しなやかに柔らかく、且つ、強くなりたい。







今日も小さな心臓ちゃんに感謝をこめながら。







【追伸】
健康診断でも特に異常はありません。
病院にも行きましたが、問題ありませんでした。

by chikako-kokachi | 2017-04-25 07:50 | エッセイ