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【ピアノレッスン】ピアノの先生の喜び   

出会った時5歳だった子達が中学生になり
出会った時小学生だった子達が高校生になり




ピアノを教え続けていると、たった週1回や月数回だけれど、ふと振り返ると、その子達があっという間に成長していて





感慨深いです。







音楽が側にある生活
いつか生きる道で何かがあった時、あ〜ピアノがあって、音楽があって良かったな、と思えるような導きができたらいいな、と思ってきたこの約7年(?)





まだまだ迷いながらだし、まだまだ7年なんてヒヨコですが。





ただ、ふとした時、そう弾いて欲しいと頼んだ覚えもないのに、なんだか素敵に音楽を感じて弾いている姿を目にして、耳にして、「あ〜ピアノの先生になって良かったな」と思うことがここ最近何度か続きました。







プロになるのは好きの延長戦であって欲しい。(というかそうでないと続かない)






プロにならずとも、音楽が生活の一部となり、音楽が自然と側にあるような、日々の生活の中での癒しになるような、そんな導きを続けていきたい。






彼らの音を聴いて、とっても嬉しいなって顔がくしゃってなると同時に、また気持ちを新たになりました。





暫くは教える時間をなくして、自分が弾くことに専念した方がいいのかな、と思ったことも無きにしもあらずでしたが、辞めなくて良かったな、と。





そう思った最近でした。






10年、20年とこのまま人生のお付き合いができる子達がいたら、感無量だな。






そんなことまで思いました。
みんなどんな大人になっていくのだろう。
ピアノの先生って不思議です。
みんなの未来を夢みながら。






沢山の方々とご一緒する時間はないし、色んな事情でお別れしないといけないこともあるけれど、こうして長く一緒にいれることで見えてくるものもある。





みんなにありがとうです。
自分ももっともっと魅力的な人になれるよう。
そう心に呟きながら。


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先日の本番でいただいたお花がとってもキュートに咲いています。
元気がでます。
寒いけれど、あったかくしてお過ごしください♪

by chikako-kokachi | 2018-01-28 07:24 | ピアノ講師

【ピアノの探究】支えがあるから脱力できる   

引き続き、運動療法にて「体幹」トレーニング継続中です。
メニューが少しづつ増え、意識する場所が明確になってきました。
トレーニングも習慣になってきて、しないと眠れない、という状況。






普段料理している時、こんなところに変な力が入っていたのか。。
普段駅まで歩いている時、何故こんなに肩をあげていたのか。。
普段電車の中で立っている時、知らずにこんなに歯を食いしばっていたのか。。
寒い日、こんなにも肩周りに力が入るのだな。。





ピアノ以外の部分でさえ、多くの気づきがありました。
根本から、変わっている実感。






ピアノに関しては「体幹」「体の軸」がぶれないような意識がますます敏感に感じられるようになってきました。






脱力って、どこかで支えてないとできない



要するに、支えがグラグラしたら脱力できない





自分ではっきりそれが意識できるようになりました。
さらにトレーナーの先生のその話をしたら、同じことをおっしゃっていました





その通りです。
実は自分は合気道出身ですが、合気道でも本当に同じことが言えます。





と。





・肩甲骨周りの筋肉の動きをチェックするストレッチ
・体幹を鍛えるストレッチ。
(その他いくつか。機会があったらご紹介します)





そして最近加わったのは




・脇の下の筋肉




このトレーニングがピアノの演奏に繋がっていて。
支えがしっかりしているから、抜ける(脱力できる)感覚。






大きな幹がしっかりしているから、小枝が自由に動くことができる。






いつか、ピアノ弾きの為の体講座、先生ご一緒してくださらないだろうか。





最近何故かこの記事がよく読まれています。







こんな記事も書いたりしていました。








これらを書いていたのは2016年。
性格なのか、気になるとどんどんハマって行く感覚。





現在。





これ、絶対に「ロシア」とつながる。






「体の構造」「メンタル」「ロシア」「脳」





いろんなキーワードが繋がっていく。
自分自身が本番で弾かせていただく機会があるからこと、他の方に伝えられることがある。





12月、スケジュールが立て込んでなかなかブログに向かえないのですが。
12月の経験を生かして、また新たに進化していけたらと思います。





さあ、今日は楽しみでドキドキな初合わせ。
いい音楽したい!!



そう、体だけでない。
Con gusto!!!
音楽ってここにつながる。

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by chikako-kokachi | 2017-12-05 08:31 | ピアノ講師

嬉しかったこと   

先日、昔ピアノをご一緒していた子が、ピアノを再開しました。







以前、お教室で教えていた子だったのですが、私はそのお教室を辞め、その子はピアノを続けていました。
ある時期に、お勉強の為にピアノを中断。







たまたまご縁あってご連絡いただき、ご一緒できることに。
嬉しい再会です!








とても嬉しくて。







久しぶりにお会いした彼女。
大きくなって^^
しっかり返事をして、集中した目で、1時間、あっという間に過ごしました。






いろんな都合で毎週というわけにもいきません。
でも大丈夫だと思うのです。
あの目であれば大丈夫。







受験でピアノを全くやめてしまう方も少なくないと思います。
多くのピアノの先生は、その子の将来を応援して送り出してくださっていると思います。







ただ、ちょっぴり思うのです。
それは受験がきっかけになっただけで、もしかしたら、ピアノを辞めるちょうどいい理由、区切りになっただけのことなのかもしれない、と。






これまたその通りで。
何事も辞めるきっかけって難しく、なかなかそのタイミングを計りかねる時ってありますよね。





ピアノ、もちろん習い事全般においても、そのいいきっかけが受験だったりするのかな、と思います。







ただ、受験、勉強シーズンが終わると、こうして戻って来る子もいるのですね。







ピアノが好きだから、音楽が生活の一部になりつつあるのか!!






ピアノを続けることがいいこと。
そんなこと、決して断定できません。
ピアノ以上に夢中になれるものがあれば、そこに時間を費やすのは当たり前のこだし、学校の勉強に集中したいのなら、それも本当普通のことですし、部活に熱中したいのであれば、それはそれでとても素晴らしいことと思うのです。





また、ピアノを習いに戻らなくとも、自分でお家で弾いてみたり、歌を歌ってみたり、学校の音楽の授業を楽しんでみたり!!
何もピアノのために絶対時間を使わないといけない、なんて決まりはないのです。







ただ、私が嬉しいと思ったのは、時間が限られている中、またピアノを再開してくれたこと。
これはピアノが好きじゃないとできないことだよなーと思うのです。







で、そんなピアノが好きな子と一緒に音楽の時間を共に過ごせることが嬉しい。
究極そこです。







多分多くのピアノの先生がそうだと思います。
うまい下手が一番でなく、ピアノが好きな子、方とご一緒できる時間が、同じようにピアノ大好きな先生たちにとって、とてもとても幸せな時間、充実の時間なのです。







もちろん、来てくれているからには、その子のペースで、よりいい音楽を感じてもらえるように導いていきたいとも思いますし、好きだからといって楽しいだけでないかもしれないし、実際、生徒さんたちの時間のやりくりも大変だと思います。






ただ、理想妄想全開の戯言かもしれませんが、





生活の中に音楽が生きている、そばにある、そんな時間が、そのこと自体が「普通」になっていったら嬉しいな、と思います。
もちろん、自分のペースで。
多分、その子の将来のどこかで、ピアノや音楽に救われる瞬間があるように思うからです。







そこで、自分だけで続けるのが大変であれば、先生を利用するまでです。笑
きっと喜んで先生は助けてくれると思います。
月1回でも2回でも。
少なくとも、レッスンの時間はピアノの時間になりますので。






最近、別のルートで、昔ピアノをご一緒していた子が、バイオリンを始めたことも知りました。
とても嬉しく^^






あの子は元気だろうか、あの子はどうしているのだろう。
そう先生は想いを馳せています。
もしこれを見た方がいらっしゃいましたら、近況、教えてくださいね笑





嬉しい再会。
ピアノを習っている全ての皆さんを心から応援しています。





最後につぶやき。
ピアノの先生って親とも学校の先生とも違う。
でも、もしかしたら一生の付き合いになる確率もある、なんとも不思議な存在だと思うのです。笑
習い事の一つではあるけれど、その先生との出会いで、何かが変わってくることもあるのでは、と思うこの頃です。
実際自分もそうだったので^^


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by chikako-kokachi | 2017-10-23 23:33 | ピアノ講師

はるのピアノコンサートvol.3   

2017年3月20日「はるのピアノコンサートvol.3」無事終了いたしました!


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この「はるのピアノコンサート」は「発表会」という名ではなく、コンサートの出演者として皆さんで楽しんでいただける場所にしたいな、という想いからスタートしました。



生徒さん、そしてご家族様のお支えにより、3回目を迎えることができました。
ありがとうございます。



いろんなピアノに触れて頂きたい想いもあり、今年は「KAWAI SHIGERU」
(昨年まではベヒシュタイン。夏の大人の皆様の会ではベーゼンドルファー)



会場は素敵な空間。
飲食もありということで、私の大好きなお菓子屋さんに美味しいもの作って頂きました。
皆さんの演奏後にちょっとしたティータイム。
初めての企画です。



今回は同じくモスクワに留学していた友人の生徒さんもご参加されていたので、友人と、ミニコンサートも企画しました。



皆さんがティータイムの間に着替えを済ませ。
ミニコンサートではコントラバス(生徒さんのお母様)の演奏もお願いいたしました!



盛りだくさんな会になってしまいましたが、とっても気持ちのよい時間となりましたのは、本当にいつもご協力頂いている生徒さん、ご両親、ご家族の皆さまのおかげです。



会場の方が終わった後にこうおっしゃっていました。



「とってもいい雰囲気の会ですね!会う人会う人、親御さんはもちろんこどもさんも皆さん気持ちよく挨拶してくださりました。」



と。



温かな空気は会場の皆さん全員がつくり出してくださったもの。
心から素敵な方々に囲まれているな。。と思える時間でした。
もう、私が一番バタバタしていたかもしれません。。(苦笑)




演奏はというと、個性溢れるいい音楽でした。
大人の皆さまの部は本当の意味で「コンサート」でしたね。
感嘆の声があがっていました!
いつもあの演奏の後に弾くのはプレッシャーなのです(笑)
こどもたちは去年からの成長をひしひし感じました。
ご家族でのアンサンブルも会に華を添えてくださいました。
残念ながら出演できなかった方もいらっしゃりました、、本当残念でしたが次回こそ!




もちろん、それぞれに良かった点、反省点、あります。
それは全ては次に繋がっていくことと思います。



ピアノを続けることは楽なことではありません。
人によっては大変なことかもしれません。



こどもさんに関しては、音楽を専門の道として選ぶ、選ばないに関わらず、“いい経験”を積んでもらいたいと思っています。年齢にとらわれず、がんばっている他の子達からも、いい意味での刺激を受け取ってもらえたらと思います。



また、大人の皆さんに関しましても、大好きなピアノでより一層「美」に近づいていけるような、そして日々の生活にピアノが、音楽が側にあるようにお手伝いができたらと思っています。



もう来年の会を楽しみにしている子がいるとご報告を嬉しく受けとりました。
なんでも真剣に取り組めば、楽しいだけじゃないのです。
でも、根本に「わくわく」や「うきうき」がないと、音楽になりません。



緩めるだけでなく、厳しいだけでなく、ただ「いい音楽」を伝え続けていけるよう、私もより一層の努力をしていかなくては、と心しています。



ピアノの先生もピアノを習っている人も沢山いるなかで、何かの巡り合わせでご一緒している皆さん。みんなに出会えて幸せです。



ご協力くださいました皆さま、本当にありがとうございました!
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※皆さんの演奏中のお写真は許可を得てから記載するかもしれません。

by chikako-kokachi | 2017-04-04 07:28 | ピアノ講師

恩師から学ぶものとは?   

ずばり





生き様





これだと思っています。





先日、浜松まで行ってきました。
さらうものがたまっていたので迷ったのですが、それでもどうしてもトロップ先生の演奏が聴きたくて。





ショパン ソナタ第2番





特に第3楽章「葬送」続く第4楽章。





この世のものとは思えない美しさと苦しさと切なさと憤りと不気味さと。。






涙が溢れました。





日々大忙しの先生。
いつ練習しているのでしょう?





久しぶりにお会いできた先生は変わらず優しくて、紳士で、穏やかで。ゆっくり分かりやすいロシア語で私の近況を聞いてくれました。





先生から音楽的な技術、沢山学びました。





先生の音が好きで、どうしたらそんな音が出せるのか、すっごく集中して凝視していました。






でも良く考えてみると、もっともっと大きなところで先生に惹かれていました。






音楽だけでなく、先生という人をとても尊敬し、その生きざまを素敵だ、と、お会いする度に刺激を頂いていたのです。







誰に師事していても、結局は自分の音楽を探求していかないといけない。






それはつまり何を大切にしてどう生きていくか、その人の生き様が根本となって音楽に現れると思うのです。





通訳をしています。





そこで客観的に師弟関係をみていても感じます。





もちろんみんな先生の音楽が好きなのですが、それと同じように「人」が大好き!という気持ちで溢れている。






彼らが、今後の人生、生きていくための「哲学」のようなものを先生の言葉から、生き様から感じているのではないかな、と思います。





音楽と向き合う。






それはどう生きるかとリンクしていて、どんな師と出会ったかで、様々に形を変え、色を変え、実をつけていくのだと思います。





恩師はただ技術を教えてくださる先生ではない。「生き方」にさえ、影響を与えてくださる人のことを言うのだと思います。






決して真似ではなく。
(もちろん似ます)






「生きざま」を学ぶ。





そうやって人から人へと繋いでいかれるもの。








とても幸せなことに、私は「人生」に大きな影響を与えてくださった恩師が1人ではありません。






出会った恩師の先生方、全てのエキスが自分の体にはいっています。






皆さんにも、自分が恩師と思えるような方との出会いがあると思います。






もし出会っていないと思う方は、もっと自分の思うままに進んでみると、その道の途中で必然的な出会いがあるかもしれません。






何かに縛られることなく、心の思うままに。
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by chikako-kokachi | 2017-03-15 07:16 | ピアノ講師

【ピアノレッスン】言葉の選び方   

2月からある子どもさんの合唱団にお世話になっています。ピアノを弾くだけでなく、先生のサポートとして、パート練習を一緒に行ったりもします。


ピアノレッスンは1対1が基本ですが、合唱は「対集団」です。メンバーは小学5、6年生。


「対集団」
例えば一般のコーラスの団で、指揮者の先生がいらっしゃることのできない時に練習を進めること、あるいはパート練習の際に練習を進めること、などの経験を積み重ねているところです。ある団ではもう7年目くらいになります。

が、子どもさんの「対集団」は、昔放課後の学童の子供達をみているアルバイトで経験した以外、初めてです。慣れないことばかりですが、気づきがとても多いです。


特に「伝え方」「言葉の選び方」


先生がおっしゃったことが印象的です。


「こどもに伝わることは、大人にも伝わる」


まさに。
こどもさんに伝えるってとても難しい。


同じことを言われていてもスッと素直に心に響く人もいれば、その人に言われるだけで会話の内容に関係なく拒否反応がでてしまう人もいる。(こういう経験ありませんか?)子どもはもしかしたらそれを本能で感じているのかもしれません。いや、大人だってそうです。



だからといって別にゴマをするわけでもありません。


ただ伝わらないと音楽を一緒につくっていく以前の問題で、人としてコミュニケーションがとれません。




「言葉の選び方」
「声のトーン」
「表情から読みとれる多くの情報」
「伝えたい想い」



ピアノのレッスンも一緒です。
1対1だから、他に誰も聞いていないからと言って気を抜いてはいけない。言葉一つで伝わり方がかわり、言葉一つが優しさにも励ましにも、傷つけてしまう武器にもなってしまう。



大人でも子どもでも、その人それぞれのテンポ感と感じ方があるのです。だから同じことを伝えるにしても選ぶ言葉が違うのです。




もう一言、印象的な先生の言葉。



「褒めるのではなく認める」



ただ褒めているだけの言葉、そんなものはこども達は見抜いているのだそうです。その人が自分をちゃんとみてくれているのか、適当に言っているだけなのか、しっかり分かっているということ。



まさに。

褒めてのばす!
ということは随分前から言われていますが、「認める」という言葉、しっくりきます。



思い返してみれば、ご一緒している指揮者の先生方、当たり前ですが練習の進め方も音楽のこだわりも様々ですが、言葉の選び方、伝え方が素晴らしいな、と思うことが多いです。



もちろんどんなに気をつけても、全ての人が納得いくような言葉を選べない時もあるかもしれません。



でも、人の心理と言葉の関係をもっと大切にしなければ、と、新しく始まっている経験からあらためて学んでいます。


全ての経験には意味があり、一つの点が一本のラインとして繋がっていく経験が増えてきました。


これに関しても、また一つブログが書けそうです。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
先週末は合唱団の合宿で秩父に一泊二日。
中身の濃い、贅沢な充実の2日間でした。
演奏会があるのでまたご報告いたします。
練習会場はヤマハのフルコンでした。
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さて、本日はもう一枚お写真を。
最近日差しはすっかり春なのに、風はまだ冷たいです。
朝、窓からの日差しをみているだけでは服装を間違えます笑

春は近くにいるはずなのに!
だんなさんが新宿御苑で撮影した写真です。
癒されています。
皆さまにもお裾分け?でございます。
いつもバタバタの私とは心の持ち方が違うのだろうな。。と反省しつつ。
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by chikako-kokachi | 2017-03-12 07:08 | ピアノ講師

【ピアノレッスン】「事実」を知ること   

今年から、「体のマッピング」のレッスンに通い始めました。
もちろんピアノのため、音楽のため。



マッピングとは?
指はどこからなのか?
肩甲骨はどの骨と接続しているのか?



毎回びっくりだらけです。




もちろん人間の体はとても複雑で、まだまだ解明されていないことも沢山のようですが(by 弟くん)、ピアノを演奏するのに、「体の構造を知ること」は多くの助けになるように実感しています。




合唱団でのボイストレーニングのレッスンを見ていても、体との繋がりが不可欠で(よく考えると当たり前ですね、歌は体が楽器ですから!)とても勉強になります。ピアノだって、楽器と体が合体して音が奏でられるわけですから。




ピアノ奏法は、既存のメソッドに寄りかかりすぎず、勉強や経験を重ねて、自分なりに開拓していくものだと思っています。




でも、「体の構造」や「楽器の仕組み」を知ることは、そこにある「事実」を知ること。





演奏家の為の体の構造の本も、楽器の仕組みの本も沢山出版されていて、色々と読んでみましたが、難しかったりややこしかったり、頭で理解できるけれど、実演に繋がらなかったり。





本は本です。





やはり“紙の上の勉強”で止まってしまう恐れがあることは否めません。
それを重々承知の上で、参考の為に3冊ほど、とてもとても簡単に、こんな本がありますよ、とご紹介させていただきます。(あくまで私の目線です。もうご存知の方も沢山いらっしゃるかもしれませんが)




ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと

こちらの本は序章にこうあります。

ピアノを弾くために、自分の身体をどう使えばよいのか、ということが書かれた本です。


本は厚め。
骨や筋肉の図がありながら、身体の構造を理解して演奏に反映させていく。
専門的な用語も多く、最後迄、全てを理解して読むには時間がかかりました。
細かく、じっくり知りたい方にお薦め。





よくわかるピアニストからだ理論~解剖学的アプローチで理想の音を手に入れる~

こちらは上記本より、もう少し簡潔にまとめられています。
うさぎちゃんの絵が登場したり、文字量は少なめで、図が多め。
初めて読むには、はいりやすいと思います。





からだで変わるピアノ

こちらは上記2冊のような解剖学的な図や絵などはなく、エッセイのように読み進めることができます。“からだ”に関することだけでなく、ピアノと向き合うときに、漠然と思っていることが文字としてまとめられているので、頭が整頓されます。解剖学的事実を知る、というよりは、著者の宇治田さんがどのように音楽、ピアノと向き合っているのか、その姿勢がよく現れています。





繰り返しますが、本は本です。笑
ピアノは頭だけで弾くものではありません。
「事実」を知ったからといっていい音楽ができるわけではありません。
知識を得ただけで、“知ったふう”になって、そこで止まっているようでは音楽になりません。




ただ、私はいろんな側面からピアノや音楽をみつめていきたい、そう思っているだけです。





「事実は1つ、解釈は無数」by だんなさん




いいこと言います。笑




まなびまなび。
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by chikako-kokachi | 2017-02-27 08:05 | ピアノ講師

バッハについて正直に白状します   

すごいタイトルですが。



本当は隠しておこうと思いました。
こんなネットで検索されるようなところで書くべきことではないと思っていました。



隠しておいた方がいいこともある。
言わなくていいこともある。



こういうこと、実は小さな頃から気づいていたタイプの人間です。笑



でも、最近、そういうことを白状することで、「実は私もそうだった。。」「人にはなかなか言えなかったけど、オレも実は。。」みたいなことに遭遇したり、感じたり。




失いたくないもののことばかり考えていた時期があったけど、失わないと新しいものが入ってくるスペースがなくなることにも気づいて、少し大人になったのであります。




ということで、バッハに関して。




子供の頃、初めてバッハのインヴェーションの課題を頂いてからその全15曲、そして続いてシンフォニア全15曲、全て弾いてきました。









実は何の良さも分からず、バッハって良く分からないなーー





と思いながら弾いていましたことを白状いたします。




言ってしまいました。




本当に良く分からなかった。




テーマを見つけたり、声部ごとに弾く練習もしました。
その声部が絡んで音楽になっていること、頭では理解できていましたが、ただそれだけ。
正直、何が面白くて、何が楽しいのか分からなかった。





そんな私の気持ちを証明するように、ピアノの部屋の隣のリビングで聴いていた(嫌でも聴こえてしまう)家族の一人が、「なんかつまらない曲だね」と言っていたのを良く覚えています。




良く分からないけど、そんなに楽しくも面白くもないけど、とりあえず弾けていたので、どんどん進んいき、インヴェンション&シンフォニアの全15曲を弾ききり。平均律に足を踏み込みました。




あれ?
なんだかすごく素敵な響きがするな。。
アレ?
何が起こっているかわからないけれど、複雑なところ面白い。。




そう思えるようになったのは高校生の頃。
遅い遅い、春がきた感じです。笑




でも、その頃はそれ以上に特別な感情は生まれず。
ちょっと気になる存在、といったくらいでした。




ちょっと気になる人がだんだん好きになった経験、ありますでしょうか?笑




じわじわ「好き」が溢れてくる感じ。
それが、エレーナ先生に師事してから。
そして、その想いがこぼれ始めたのがロシアに留学してから。
そして帰国して教えるようになってからは、もう愛が止まらないといった感じでしょうか。笑





すみません。
ふざけているわけではございません。





生徒さん達に初めてインヴェンションを課題として渡すとき、自分と同じような想いにならないように、バッハの面白さや楽しさを伝えたい!!そう強く思っています。





楽譜を分析していくと、あるある!!!
沢山、生きた音がフレーズが眠っている!!!
「おきてーー!」と声をかけながら、平面の楽譜から立体の音楽として奏でていく。





こんなに楽しいのか、バッハは。
こんなに隠された秘密があったのか、バッハには。
それに気づいた時の嬉しさ。
自分で見つけることのできた喜び。





特にもう既にバッハを沢山弾いてきた皆さま。
「バッハって良く分からない」
「バッハ好きなんだけど何をどう弾いていいのか分からない」
そう思ったら、よーーく楽譜をみてみてください。
絵が浮かんでくるかもしれません。




楽譜の読み方、大事です。
同じ絵をみていても、どこに焦点を当てるかで、見えてくる絵が変わる本、昔ありましたよね?ちょっとしたこつで、楽譜が「読めて」くるようになります。





そういうのを伝えられたら!!




バッハってよく分からない、と思っていた自分。
だんだんバッハに興味がでてきた自分。
なんだよ、バッハ、すごく面白い!と思い始めた自分。
それに気づいたらやらなくてはいけないことがいっぱいで急にバッハが難しく感じた自分。
そしてそれを他の「よく分からない」と思っている方にちょっぴりでも伝えたい自分。




ここまでくるのに何十年もかかっています。




ながい。。。





「知らなかったことに気づくこと」って何の出会いがそうさせてくれるのでしょう。
どのタイミングでその時がやってくるのでしょう。
不思議ですけど。





これを言ったら自分がふりになる、とかそういうの、もう超えようかな、と思い始めています。そんなことより、もっと大事なことに気づき始めてきているからかもしれません。




衝撃の告白、以上です。
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by chikako-kokachi | 2017-02-02 07:49 | ピアノ講師

【ピアノレッスン】「もっと自由に!」と言われたらワクワクしますか?   

先日、ある先生のホールでのピアノ公開レッスンを聴きにいってきました。





私が師事していたロシア人の先生方が仰っていたことと、音楽に対する大切なものが、とても近くにあったように感じました。使う、選ぶ言葉は様々ですが、最終的に伝えたいことは同じところに繋がるな、と思いました。






本当に充実の時間。
多くに共感し、書きたい事も沢山あるのですが!






今日は、面白いな、と思ったことの1つをピックアップしてみます。





キーワードは「自由」です。





受講していた音大生の方が




「自由に弾くとか、ルバートで弾く、ということの意味がよく分からない」





というようなことを仰っていました。





「もっと自由に!」





と言われても、「どう弾いたらいいのか分からない」ということ。




「ルバート」という言葉の意味は分かるけれど、実際「もっとルバートで!」と言われたときに、どう奏でていいのか分からない、ということ。





おもしろいな、と思いました。






例えば、私は合唱団でピアノを弾いていて、指揮者の先生から「もうここの前奏はあげるから、自由に弾いていいよ」と言われると、ワクワクが止まらなくなります笑





「ふふふ、どういう風に弾こうかな。ここがこういう和音だし、この声部はこんなフレーズだから、ここをこう絡ませて、ここまではこんな音色だけど、ここからはチェンジして。。。。。。。(妄想続く)。。。。。。。」





と、頭の中が活性化される笑





そして、自分が色々と練り込んで、“こだわり”をもって弾いてきた箇所に、指揮者の先生や団員さんが気づいてくださり、無言で「ニヤっ」とされたり、目で「いいね」と言われたり、「さっきのここのところ良かったです」とか後で言われたりすると、飛び上がりたいほど嬉しくなる!!





そういう音楽を通じた、無言のコミュニケーションをご一緒できる指揮者の先生や団員さんとアンサンブル出来ることがとても幸せです。





もちろん、考えたものに対して「ここはもっとこのように」とか、「それはちょっと違う」と言われてしまうこともあります。それでも、そこからまた新たな視点で音楽を見直していく行程は、面白いし、挑戦のしがいがある。それが出来てくると「美」の引き出しが増えていくのです。





「自由に弾いて!!」
「ここはおまかせで!!」




私にはとびっきりに嬉しい言葉ですが、そう言われたときに、ウキウキするのは普通じゃないことなのか?!?!





と、この時の生徒さんの言葉を聞いてハッとしたのでした。





「自由に弾く」ということが、どういうことなのか、説明しないといけないのか?
それでは「自由」ではなくなるではないか。。。




とか色々考えました。




結局「自由」とは。。。。




時間と空間の使い方を自由にしていいよ。
ということだと思う。



楽譜に書いてある情報から、楽譜に書いていない情報をどれだけみつけることができるか。



これが「自由」に繋がっていくと思う。



結局、私達にできることは「自由に弾く」為の具体的なアイディアを伝えること。


言葉にするととても平たくなってしまい嫌なのですが、



例えば、



♪それはここの和声がこうなっていて、フレーズがこうなっているから、ここには見えないクレッシェンドがかかるはず。


♪和声やフレーズを考えたときに、ここに時間の「ゆがみ」が生まれるはず。



その見えないクレッシャンドをどれくらいするか、その時間の「ゆがみ」をどうコントロールするかは、先生が決めるのでなく、その和声やフレーズを感じた本人が、自分の出している音を聴きながら、自分で考えて自分で創っていくのです。



「自由」に弾く為には、書いてある情報から、「そこに描かれていない、目に見えない」もっと細かい音楽の情報を読み解く力が必要なのです。読み解く情報が多ければ多いほど、「もっと自由に!」の意味が分かってくるような、そんな気がします。



分かりにくいですね。
上手く言葉にできずに、すみません。




私は「自由にどうぞ」「ここはおまかせします」と指揮者の先生に言われるのがとても嬉しいです。



そしてそこからはじまる「妄想」の時間がとても楽しい。




目に見える楽譜の情報ももちろん大事。
そこから、目に見えないない情報をたくさん見つけ出す。
そして空間に耳を傾け、フレーズを奏でる。





少しづつでも、そういったことを伝えていけるようになりたいです。




講座の先生がおっしゃっていました。




「もっと自由に!」




という言葉は無責任だと。




自由に弾く為にはどうしたらいいのか。
結論を教えたら自由ではなくなるので、その方法だけ、気づきだけを伝えてあげる。
自分で考えた先に自由がある。
知識と、イマジネーションで自由な音楽に近づく。





あーーたのしいです!!!笑
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by chikako-kokachi | 2017-01-19 07:08 | ピアノ講師

ピアノを習っていて壁にぶつかった時(3)〜ロシア人の先生に師事して、新たな世界を知る   

ピアノを習っていてが壁にぶつかった時、シリーズ第3弾です。
第1弾はこちらです
第2弾はこちらです




第2弾の終わりに、このように書き留めました。




シリーズ第3弾以降は、「ピアノを習っていてが壁にぶつかった時」というよりは、「ピアノで生きていきたいと決心した後にぶつかった壁」というようになっていきます。
たぶん、この2つ目の壁の後、どんな関わり方であれ、ピアノの世界で生きて行きたい、と本気に思うようになった気がします。





2つ目の壁を越え、音楽の道で生きていくことを自分の中で決意しました。
「ピアノで生きていきたいと決心した後にぶつかった壁」が今回の第3弾です。





1年浪人して、音楽大学に入学しました。
入学試験が怖かったこと。
今でも覚えています。
そして必死に音大生活をおくりました。
入試に失敗したことにより、「人の倍練習してやっと自分は弾けるようになる」
そんなことを思うようになり、練習練習の日々でした。



朝はラッシュが嫌だったので、かなり早く家を出て、学校の練習室で朝練です。
不思議と朝の早起きは苦ではありませんでした。
うちは家族が皆揃って朝が早かったからかもしれません!
朝の練習も気持ちの良いものでした。




土日はお小遣い稼ぎににアルバイトもはじめ、社会勉強。
学校では得る事のできない経験を沢山して、先輩や仲間との出会いも楽しく、今でもまだ繋がりがある友人ができました!




忙しい学生生活。
でも充実でした。




1年過ぎ、2年過ぎ。



3年生になった時、思いがけず、エレーナ先生とのレッスンが始まりました。
(1,2年生の頃お世話になった先生のお陰であります)




毎週胃が痛くて苦笑
必ず午前中のレッスン枠を希望しました。
単純に、午後の倍率が高かったのと、朝練の延長で、そのままレッスンに行って早く安心(?)したかったからです。




もう目から鱗のレッスン!!!
妥協のなく、何度も同じところを繰り返し。
できなければできるまで。
たまにレッスン室を出て行かれてしまったり、楽譜が。。。。
当時は「緊張」「こわい」
でも、とてもとても素晴らしい時間でした。
「芸術」に触れている時間。
先生が横で弾いてくださる音楽が素晴らしすぎて。





「あーー私は今迄音楽の“お”の字も知らずにきてしまったのだな。。。」と。
「ただ自分の感情のみ、自分の狭い世界だけで弾いていただけだった、、、」と。




無知。





新鮮すぎる音楽への視点
理論、和声、フレーズの取り方、楽譜の読み方、ピアノの鳴らし方、指先の感覚、腕の使い方、耳で聴く事の大切さetc





さて、先生に師事してからは、壁だらけの私でしたが、その最も大きな壁は大学4年生の卒業演奏試験に向けて、その過程でおこりました。






逃亡しました。。。。。






もう本当に精神的に限界がきて、夜中に夜行バスにのり、逃亡しました。
置き手紙を残して。(たぶん)
今思うとすごい行動力です。
(両親もびっくりしたどろうな。。。)






ピアノのない場所に行きたかった、そこで色々考えたかったのです。
海のある場所に行きたかった。
できるかぎり遠くに。
実家近くから夜行バスがでていた、少しゆかりのある仙台へ。
真夜中0時少し前のバスに乗り、逃亡です。





なぜ逃亡するまで追いつめられていたか。




どんなにさらっても、さらえばさらうほど、レッスンはコテンパでした。
言われていることは頭で理解できていて、そこに向かおうと練習して、練習して、出来る限りの時間を練習に費やして。自分なりに「できた!」と思ってレッスンに行くと、「違う、そうではない」と。そんなレッスンが本番前に続いたのです。





もう何がいいのか、何が悪いのか、分からなくなっていて。
練習すればするほどこじれるし。
先生に申し訳なくて。
できない自分が許せなくて。
本番はすぐそこだし、焦りしかない。





たぶん「おかしく」なっていたのだと思います。
レッスン帰りは電車のなかでも、一目も気にせず泣いていました。
つり革につかまって電車の窓に映る自分の顔がぐちゃぐちゃで。
なんかもう生気を失っている顔なんです。
あの時、かつての恩師にメールしたこと、その返信に涙しまくったこと、今でも覚えています。
自転車に乗りながらも、声を上げて泣きました。


記憶が正しければ、当時、めったに父と真剣に二人で語る機会はなかったのですが、ある日、限界がきて「もうだめかもしれない」と、父に泣きついたのもこの時だったと思います。大人になって父の胸で泣いたのはまだ1回だけ。




父はあることを教えてくれました。



かわらない日常の家族が唯一の救いでした。





仙台に逃亡して、早朝の松島海岸へ向かいました。
海辺を歩いていたら、漁師さんに声をかけられました。
多分、泣いて歩いていて、この子は海に飛び込むのではないかと心配してくれたのだと思います。




そんな気は全くなく、ただ、ピアノのないところに行きたくて、海とか空とか自然に触れたくて。朝の海を観ながら、その時仕上げなくてはいけない曲をイヤホンで聴きました。意味もなく泣きながら。





海は大きくて、こんな自分の小さな心の叫びなど、感じてくれるわけでなく、ただそこに“デン”と存在していて。寒かったけれど、太陽の光は暖かく、力強く。海辺に吹く風はとても冷たかったけど、穏やかで。。。





ほとんど人がいない朝の海で、その曲を聴いていたらまた泣けて泣けて。




泣くだけ泣いて、疲れたら、急に





あーーーー帰ろう!!
逃げてちゃだめだ、ピアノ弾こう!!
やってもだめならだめ。
それ以外に選択肢はないではないか。
時がくれば終わる。
ただそれだけのこと。
永遠に終わらないことではない。





凹むだけ凹んで、自然の中で長時間いたら、そう思えたのでした。




それから




なんて素敵な、なんていい曲なんだ、と思ったのでした。




♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

結局、その後も海辺にしばらくいて、午後仙台発のバスに乗り帰りました。
地元に着いたのは夜中です。




翌日はレッスン。
出来が悪かったので、頻繁にレッスンに呼ばれていました。
(もちろん希望もして)
先生がすごいです。
本当に、試験前、最後の方はほぼ毎日。
しかも長時間、できるまで。




試験当日。




家を出る前、顔を洗って鏡を見たとき、「あー今日で終わる」と思いました。
学校に到着しても、恐ろしくて、色味のない顔をしていました。



舞台裏で決心したことは、とにかく弾くこと。
何があっても。



どう弾いたか覚えていません。
大学の素晴らしい響きの大きなホールで。



弾き終わった時、ただただ身体の力が抜けたことだけ覚えています。




結局、卒業までにさらに2回、この曲を演奏することができました。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


長くなりました。
読んでくださり、ありがとうございます。



逃亡劇で学んだことは沢山です。



真面目に取り組んでも、間違った方向で努力を進めると、はまってしまうこと。


ピアノがうまくいかなかったからって、自分の存在を否定されたわけではないこと。
死ぬわけじゃない。
自然に身を委ねて、頭を冷やして、今自分に起こっている問題が、広い世界の中ではちっぽけなものであることに気づくこと。



休むこと(ピアノから離れる時間)も必要であること。
悲劇のヒロインをやめること。


etc




沢山ありますが、以下3点。


♪体だけでなく、心も元気でないとピアノは弾けない!
心のケアをしっかりすること。
いつも変わらず見守ってくれている人を日々大切にすること。


♪その時に分からなくとも、真撃にそこに向き合っていたら、いつか、何年後かに分かることもある!
本物の芸術は、「年」単位で理解が少し進むくらい、深く、難しいものなのかもしれません。(私の理解能力が少なすぎただけかもしれませんが)何年もして気づいたら「フッ」と分かるようになっていた、という瞬間があります。


♪先生は忍耐強くなくてはいけないこと!
当時はただ先生に対して申し訳ない思いでいっぱいでした。そして今分かります。エレーナ先生がどれだけの時間と体力を使って向き合ってくださったか。。。指導者には忍耐が必要で、妥協はしてはいけないことを、あの時の先生の姿を振り返りながら思います。




大きな壁を乗り越えるのは辛い事です。
好きなピアノでも、苦しいことが起こる。
それを超えた先にまた新しい視界が広がることも学びました。



何より、エレーナ先生に出会って、ピアノ、音楽、芸術への向き合い方が変わりました。
やっと「音楽」をするスタート地点に立ったのが、この時なのかもしれません。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

あの時から、夜空を見上げることが多くなりました。実は今、その曲を再度勉強しています。

スクリャービンのソナタ2番です。


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by chikako-kokachi | 2017-01-18 06:30 | ピアノ講師