カテゴリ:本、映画、絵( 52 )   

【本】望郷のマズルカ 激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン   

以前ご紹介した本と一緒に教えていただいた本です。





以前の記事はこちらです♪





望郷のマズルカ―激動の中国現代史を生きたピアニストフー・ツォン


b0162238_16074708.jpg





フー・ツォンは第5回ションパン国際ピアノコンクール1955年で4位に入賞している。
(2位はソ連のウラジーミル・アシュケナージ)






本の内容は副題の通りです。
文化革命時代に生きた中国ピアニストの人生が語られています。




特にその軸となっているのが、フー・ツォンさんのお父様フー・レイさんの手紙が、ポーランドに旅立つ為に北京に滞在していたフー・ツォンさんに宛てて書き始められた手紙をまとめたもの






「傅雷家書」傅雷(フー・レイ)著、弟の傅敏(フー・ミン)編集 2003年中国にて出版






であり、そこには





子どもの頃厳しく折檻したことを詫びる手紙に始まり、フー・ツォンの幼い頃の思い出を懐かしんだり、ショパンやモーツァルトについてフランス語や英語の文献を翻訳して送ったり、息子への細やかな愛情と配慮が溢れている





と著者がお書きになっています。






※父フー・レイさんは文学者、翻訳家、弟フー・ミンさんは教育者







「傅雷家書」からの引用がたくさんあるのですが、それを読み繋げると、その人生、人の心の動きがジワジワ近づいてきて、この家族を、この父と子の関係を身近に感じてしまい、感情が昂りました。







ご両親は結果的にとても残念な最後を迎えます。
時代、政治、こういう大きなものに人の人生は振り回されてしまう。
個の力ではどうしようもないことを目の当たりにしたかのようです。







でも、この「傅雷家書」を読む限り、この本を読む限り、時代や政治の大きな流れに身をまかせるのではなく、しょうがないと諦めるだけでなく、人の心の芯の部分で、プライドというか、自分の生き方に誇りを持って、信じるものを疑わず、ぶれずに生きていた人もいた。そんなことも強く感じました。







子育て論
教育論
生き方
道徳
哲学、思想
社会との繋がり
歴史
時代






深く考えさせられました。



♪♪♪♪♪♪♪♪



あと2つ。





まずピアノ教育に関して





この本ではフー・ツォンと同じ時代に生きたピアニスト、ピアノ教授が何人か登場します。
それぞれの方の生き方が紹介させていて、中国ピアノ史の師弟関係が分かる流れになっています。






その中で見えてくるキーワードが「ロシア」です






まずは上海。







中国最初の音楽学校、国立音楽院(上海)が1927年に始まり、1929年にはロシア人ピアニストボリス・ザハロフ(ペテリブルグ音楽院にて、プロコフィエフなど同期生。ペテルブルク音楽院にて教鞭をとる)がピアノ科主任に任命されます。






ロシア人、登場。






このザハロフのお弟子さんにリー・ツェイチェン





リー・ツェイチェンは後に上海音楽学院ピアノ科主任教授に就任。
(その運命の最後。読んでいて辛かったです)





リー・ツェイチェンのお弟子さんに
シェン・イーチーチュウ・カーフェン
(チュウ・カーフェンはランランの先生)






そして北京。
フー・ツォンと同じくイタリア人マリオ・パーチに師事していたことのある、チョウ・グォアンレンが北京中央音楽院名誉教授。






彼女がハンガリーに滞在した時、演奏を聴いていたピアニストに声をかけられたそうです。
「あなたの奏法には少しだけ問題があります。脱力ができていません。少しだけ教えてあげましょうか?」




そのピアニストはヨゼフ・ガート
ピアノ奏法についての一冊の本を書いていて、ピアノを弾くときに筋肉をどう使ったらよいか、どうしたら脱力できるかを研究している人で腕の重みを自然に使って合理的に美しい音色を生み出す重力奏法を私に教えてくれました。






※絶版ですがこの本の日本語版もあります。
「ピアノ演奏のテクニック」音楽之友社 現在絶版






さらに彼女に影響を与えたのは1950年代に北京の中央音楽院に派遣されたソ連のピアニスト アラム・タトゥリャンタチアナ・クラフチェンコ






北京でもソ連(ロシア)





上海でも北京でも、その後ランランをはじめとして、多くの若いピアニストが活躍する時代となってきました。






ここで、フー・ツォンの話に戻ります。






彼のピアノとの出会いは父フー・レイの親友レイ・ユアン
ユアンさんがピアノの手ほどきを受ける。
そして2人目のピアノ教師リー・ホェイファンに師事。
彼女は、ロシア革命の影響で上海に流れてきたロシア人ピアニストに教育を受けたそうです。





ここでもロシア。





フー・ツォンは


先生はとても自然に私の音楽を受け入れ、伸ばしてくれた


と述べています。







そして3人目はイタリア人指揮者、ピアニスト マリオ・パーチ





彼はとても厳しく、手の甲に銀貨を置いて、手が平衡に保ち、銅貨を絶対落とさないように弾いていた。
怒られるのが怖くて、カチコチに緊張し、手がこわばるくらい硬くなっていた。
この悪い習慣が今でもまだ抜けない。




同じ門下だった上記にご紹介したチョウ・グォアンレンも




ハイフィンガーを徹底的に仕込まれた




と書いてありました。






ただ、フー・ツォンは




装飾音を弾く時、またスカルラッティ、モーツァルトモーツァルト、バッハなどの演奏の基礎をしっかり築くことができたと思っている。


とインタビューで述べています。






パーチの死後、5年間は独学。
そして17歳の時に、ソ連国籍のブロンスタイン夫人に1年間師事。
その後また独学に戻り、ショパンコンクールへの参加というチャンスを掴み、ショパンコンクール前の6ヶ月、ポーランドにてジェヴィエツキ教授に師事する。






中国のピアノ音楽史に「ロシア」は欠かせない。






そして著者がおっしゃっています。








前略

導入期の指導、テクニックを習得する時期の指導は難しい。日本でも、ハイフィンガー奏法と重力奏法について、未だにしばしば議論されてる。テクニックや脱力について今日さまざまな奏法の書物が出版され、解説されているが、やはりわかるようでわからないことも多い。これが絶対というメソッドはないというのが本当のところなのではないだろうか。

中略

「どんな弾き方でも、そこから生まれる音楽が良ければいいのだ」というフー・ツォンの言葉は至言である。結局そういうことなのだが、表現したいことを表現できる指を作るのは、何と難しいことか。








まさに。
今私自身も、問題と思っていることです。
(これについては長くなるので、また今度。)





♪♪♪♪♪♪♪♪

もう一つ思ったこと。




それは著者 森岡葉さんの文章です。





とっても読みやすい。
すっと身体に溶け込んでくる。
読みながら、そういえば、この方どこかで知っている。。。
そう思いました。




しばらく本棚を見て、解決!





こちらの本の訳をされている方でした!





このシリーズを読んでいる時にも思ったのです。
内容はとてもずっしりしていて、本も分厚いけれど、いつもだったら難しくて諦めてしまいそうになるけれど、なぜか、言葉、文章が身体に入っていく・・・と。




音楽と同じで、自分の体に入りやすい文章ってあるのだな、と実感しました。




ですので、難しい本はちょっと。。。
という方も、もしよろしかったらトライして見てください。
内容はとても濃いですが、文体は体に入っていきます。
森岡さんの文章、一度触れていただけるとその感覚を分かっていただけると思います。






♪♪♪♪♪♪♪♪

ふう、いつも長いです苦笑
やっと結びです。



この言葉がぐっときました。
父が息子のポーランドへの旅立ちの際に送った言葉。



最初に人であれ。第二に芸術家であれ、第三に音楽家であれ。最後にピアニストであれ




うちの父が私に



音楽バカにだけにはなるな



とずっと言っている言葉に通じるものがあり。
親の一言、親の哲学というのは、子供に受け継がれるものなのかもしれません。
そしてそれは師弟関係でも言えることなのかな、と。





素晴らしい本に出会えました。
ありがとうございました!!
ご報告遅くなり、ごめんなさい。。














by chikako-kokachi | 2017-10-21 22:34 | 本、映画、絵

【映画】パッション・フラメンコ   

前回のブログで書いたように、このタイミングで出会った映画です。








パッション・フラメンコ






上記サイト、予告編を観ていただけたら、どのようなドキュメンタリー映画か、ご想像していただけると思います。







渋谷のル・シネマでの上映は9/29(金)までのようです。
その後は、いくつか別の映画館で上映されるようです。
(こちらも上記HPから上映の場所が分かります)








スクリーンいっぱいに広がる踊りのシーンは圧巻。
足のステップは躍動感に溢れていて、生命を感じる。
体全体で表現されるその感情が心に刺さります。







6人の巨匠たちに捧げた「ボセス フラメンコ組曲」初演までの3週間と、世界ツアーを密着してるドキュメンタリー映画です。
サラ・バラスの表情には強い意志と優しさを感じます。
同じ女性としてとてもかっこいいと思いました。
生き方と信念と。
旦那さまのホセ・セラーノもかっこいい。
映画では多くを語っていないけれど、その静かさの中にサラと同じ強さと、覚悟を感じました。








芸術と共に生きているものが、どんな気持ちでそれと向き合わなうべきなのか。
こうであるべき、という決まりは何もないけれど
むしろ、そんなステレオタイプ的なものは捨てて
自らの心と自問自答したい、と思わせてくれる映画でした。
大きな刺激を受けました。








前半、努力という言葉が沢山出てきました。
そして子供を産んでから変わった、という言葉は本当に、心の底からの思いなのだと思います。








他にも心に残る言葉が沢山あったので、パンフレットも購入しました。
思った通り、“サラ・バラスの声”として、1ページ分、本編から抜粋されていました。






そのうちいくつか。
特に感銘を受けた言葉を連ねておきます。






♪♪♪♪♪♪


人生には節目があるわ、決断を下すときが。リスクは覚悟よ。舞台で輝くために。



人生の岐路で私たちは多くを学ぶわ。見極めなければ。自分がどの声に従うべきか。



集中力のないものは失格。たるんだ者も。努力しない者には我慢できないの。さっさと消えて欲しいわ、どこかよそへ。



才能は生まれつきだという者もいる。私は反対だわ。才能を開花させるには努力が必要よ。必死で努力しないと。



幕が上がると、困難でも高みを目ざすわ。気安く踊りたくないの。だって公演は自分を探す旅だからよ。



大事なのは、自分のルーツを忘れないこと。



この仕事には犠牲がつきものだが、計り知れない喜びを与えてくれる。私たちの選んだ道に悲壮感はない。犠牲や苦労があるから劇場を満員にできるのよ。汗を流さずにソレアを踊れると思う?



落ち込んでいる時こそ、うまく踊れるはずよ。苦悩がいい面を引き出すの。



アーティストだけが特別じゃない。誰もが特別なの。本人が乗り気でなくても、誰でも世界をよくする責任を負ってる。表現法はどうであれ、誰でも成し遂げる力を持っているわ。あとは挑戦するかどうかよ。


♪♪♪♪♪♪




ご興味ございましたら是非に。

b0162238_17533183.jpg




by chikako-kokachi | 2017-09-19 07:41 | 本、映画、絵

【本】ピアニストの自伝から学ぶ 2, エフゲニー・キーシン自伝   

少し間が空いてしまいましたが。。
夏に読んだピアニスト自伝、もう一冊のお薦めです。







エフゲニー・キーシン自伝











みなさんご存知、ロシア出身ピアニスト、エフゲニー・キーシンの自伝です。






第1章 少年時代
第2章 青年時代
第3章 想いはめぐり







少年時代の章には、家族の話が詳しく書かれています。
初のソロリサイタル、モスクワやペテルブルグでのデビューの話。
学校で出会った先生方、音楽家の話。
そしてキーシンにとって最も重要な先生、アンナ・カントール氏の話、メソッド。







家族、そして幼少期に出会った先生方から、多くの影響を受け吸収をし、人との出会いに恵まれていたこと、を自らの言葉で語っています。







カントール先生のメソッドの項では面白いことが書いてありました。






どんな時も教え子が「カントール流」になるのを要求することはなかった。
先生が望んだのは、私たちがそれぞれベルリンスカヤに、バタコフに、キーシンに(略)になることをだった。先生がそれを実現させるためにとったメソッドのひとつが、教える時に自分はピアノを1度たりとも弾かない、ということ。






こういう先生もいらっしゃるのですね。
そしてこれ。まさに。




そしてもうひとつ、カントールという人物を表す重要な特色がある。
先生は90歳を超えた今になっても、学び続けているという点だ。







いつまで、学びは続くのだろう。。と思うことがあります。
答えはただ一つ。
一生ですよね。。
カントール先生、もう90歳を超えていらっしゃるのですね。







青年時代の章は、「ロシアからの出発」という項で始まります。
すでに海外での演奏活動を開始していたキーシンはニューヨークでの生活を始めます。
そこで出会った人々の話が綴られています。








中でも、音楽評論家ハロルド・ショーンバーグ氏の項は興味深いです。
また、カラヤンとの出会い、共演の話も面白いですし、イフゲニー・スヴェトラーノフとの話もどんどん読み進めることができました。







登場する人物は大物ばかり。
そういう出会いがどんどんキーシンの成長をさらにさらに促していたのかもしれません。
何度もブログに書いていると思いますが、人生、出会い。
出会いって何なのだろう。
定められたものなのか、自らの力でどうにかなるものなのか。
運命もまた然り。









第3章の始めでは、ユダヤ人であることの想いが綴られています。
詩を引用しながら、その想いの強さが力強い文章に現れています。
数年前、キーシンはイスラエル当局にイスラエル国籍を取得したいと申請し、願いは叶ったそうです。
数多くのユダヤ人(ユダヤ系)の芸術家が世界各国で活躍しています。
“血”ってあるのだろうか。







そしてホロヴィッツの話、ギレリスの話、リヒテルも。







ギレリスの項ではこんな記述があります。






ギレリスの未亡人が、死の直前に夫の言葉をレビンソン(ギレリス一家と親しく、キーシンたちとも知り合いだった)に伝えたそうです。「教えてみたいと思うのはただひとり・・・キーシンだ」






ギレリスがキーシンを教える。
想像つきますでしょうか?








また、現在のピアニストたちの関係として、最も親しいのは







マルタ・アルゲリッチ
グレゴリー・ソコロフ





と記載してあります。







また評価しているピアニストとして
(評価、という日本語が少し気になりますが)









ウラジーミル・アシュケナージ
ラドゥー・ルプー
マレイ・ペライヤ
シフ・アンドラーシュ
クリスティアン・ツィマーマン
ダニエル・バレンボイン









などを挙げています。
キーシンがいいと思うピアニストが挙げてある、なんて。
なんか不思議な気もしました。
聴きに行きたい方がたくさんいる。
キーシンとアルゲリッチのデュオはyoutubeにも沢山ありますね。









また、「音楽をめぐるさまざまな言葉」という項もあり、“言葉と音楽の関係”に興味があるものとしては、楽しく読み進めました。









並行して、それぞれの作曲家への考えの記述もあり、ラフマニノフに関する箇所では







ラフマニノフの音楽を演奏し始めたばかりの10代の私に、カントール先生は、ラフマニノフの音楽のテーマが持つ、ゆったりとした広がりは、ロシアの大自然の広さなのだと言った。(中略)ラフマニノフを抒情を演奏するとき、ロシアの風景そのものを思い描くということはなく、そうした風景から湧き上がってくる情感を純粋に味わっている。








としています。
参考になります。
ロシアに行って、生活してとても良かったと思うことの一つに“ロシアの空気を肌で感じることができた”ことです。
曲を奏でるとき、頭に浮かぶイマジネーションの世界がぐんと広がりました。








また、心に残る言葉として。






私が楽曲を理解しようとするときに、学者のような接し方はしない。
私にとっての知的作業とは、その楽曲の表現を乱さず、よどみや「継ぎ目」や余分な装飾を消し去り、その楽曲の本質を響かせる演奏をすることにほかならない。






と書いています。
キーシンの音楽を聴きながらこの言葉を思い出します。
似たようなことをエレーナ先生もおっしゃっていたな。。。








好きな作曲家を挙げている項もありました。
これはここでは秘密にしておきますね。
さて、誰なのでしょか?








下記、3つほど、気になった言葉を、忘れないよう引用しておきます。







年とともに改めて感じることがある。
それは人生が矛盾に満ちていて、絶えず何かを犠牲にしなくてはならないということだ。







私たちのように、音楽家である者は、つね日ごろから一日のかなりの時間、自分たちが決して追いつくことのできない偉大な音楽ともっとも密接なかたちで触れ合っている。この状況で謙虚さを持たずにいられるだろうか!?








「音楽家、演奏家としての課題は何か」という質問に対して、私の考えはいつもこうだ。
その音楽の持つ高みに、演奏でどれだけ近づけるか、ということなのだ。
頂点に達することができるのは、偉大な人々の中でももっとも偉大な音楽家だけなのは言うまでもない。しかしそれでも、全力で追い求め、近づいていくことが必要だ。







本の終わりの頃には、読みたくなる項がいくつもあります。









・音楽の最高の演奏者は、作曲家本人か
・やる気の出し方
・名声が欲しいか?








など







最後の項は “私の人生の信条”








ここに書くべきか迷いましたが、もしかしてお読みになる方もいらっしゃるかもしれないので、最後の文章は書かないことにします。もし知りたい方がいらっしゃいましたらご連絡ください(笑)





b0162238_21075491.jpg







せっかくキーシンの本をご紹介したので、さらに2つの動画をご紹介です。
もしよろしければ!









キーシンは最近作曲もしているようです。
youtubeにキーシン作曲、キーシン演奏の動画がありました。
参考までに♪






また、こちらはキーシンのドキュメンタリー動画。
1998年に放送された「音楽の贈り物」
少し前ですので、今年発売されたこの本の頃と比べると、当たり前ですが若い!






♪♪♪♪♪♪♪♪


※ちなみに一冊目のお薦めはこちらでした



by chikako-kokachi | 2017-09-16 23:05 | 本、映画、絵

【本】ピアニストの自伝から学ぶ 1, 永遠のピアノ シュ・シャオメイ〜文化大革命を生きたピアニスト   

読んだ本の情報は、どこかにアウトプットしていくとより記憶に残るようです。





夏は移動がいつもより多かったので、少し本の話題が多くなるかもしれません。
というか、書ききれない。苦笑
もしご興味ございましたらお付き合いいただけたらと思います!





2017年夏、本のテーマは




・ピアニスト自伝(エッセイ)
・時間術(時間の使い方)
・脳
・本





ピアニスト自伝からは2冊ご紹介できたら、と思います。
まず1冊目はこちら。








こちら、教えて頂いた本です^^
(ありがとうございます!!)





本を読んでいることを発信していると、本をご紹介していただけます。
とてもうれしいです!!
(どんどん教えてください!!)





中国のピアニスト、シュ・シャオメイさんの自伝。
中国の文化大革命期に生きたピアニストの生々しくリアルな人生。
目をつぶってしまいたくなるような、信じがたい事実。
家族とのこと。
文化革命期の音楽との向き合い方、そして革命後のその変化。





時代、国の歴史というものにおける人間の心情。
政治と音楽の関係。
一個人ではどうしようもない出来事。





「平和」と「音楽」
「時代」と「音楽」
「音楽」の存在
「人」との出会いの不思議





あらゆることを考えました。





30章ある中の一つの章題が気になりました。
(30というのはバッハの「ゴールドベルク変奏曲」からきているそうです)




1章から順にシャオメイさんは自分の人生を綴っていらっしゃいますが、26章目。




26. 四十歳から人生が始まる




シャオメイさんのキャリアの飛躍がちょうどこの歳からだったそうです。
それまでの人生を読んだ後にやっとたどり着いた場所。
人生何歳で何が起こるか分からない。
こうしたところにたどり着けた理由は、本を読んでいてもはっきりわかります。






もう一つ、本編に入る前の「アリア」より



なぜ西洋とはかけ離れた文化で育った中国人がバッハを奏でられるのかということだ。
この本をお読みになれば、ご理解いただけるものと信じている。



こうおっしゃっています。



バッハへの想い。
これに続いた文章が印象的でした。




さらに、中国の偉大な哲人、老子にも興味を抱いていただければと思う。
なぜなら、バッハと老子、この2人の賢人は似通っており、中国と西洋とい二つの文化が彼らによって結びつくはずだからだ。



と。




各章の頭には老子の言葉が添えられています。
とても美しいです。
一つ一つが心にジンときて、課題を与えられている気分になりました。





♪♪♪♪♪



いつものように、いくつか残しておきたい言葉を書き留めておきます。
沢山ありすぎて困るけれど。



ガブリル先生は、先生が音楽の解釈の二つの基本と見なしているものに集中する。
それらはフレーズ、そして曲との一体感だ。(240)




レッスン中のガブリル先生の言葉;



「ちょうど君が息つぎをする時のように手を上げるんだ。君は音楽の中に息を吹き込まなければならない」(240)

「寛大さは音楽家が持たなくてはならない最も大きな美徳だ」

「エネルギーはおなかの中に探しに行きなさい」




シャオメイさんがガブリル先生から理解した教訓。

一つの方法を究めることは、多くの作品を扱う技術を会得することに通じるということ。
つまり、限られた一つの主題を長い間掘り下げることで、重要な発見がされるだけでなく、すべての主題に応用できる方法も会得することはできるのだ。(245)



お父さんからの手紙より

日常から脱出する必要性、欲望やお金によって木を紛らわさない必要性、職業上の成功、あるいは名声を追い求めない必要性。いつも本来の自分でいなくてはならない。その時、人は道(タオ)に近づき、真実を見つけるのだ。(270)


音楽の意味を追求するとは、一つ一つの構成要素、つまり垂直性を吟味するよりも、曲それ自身が持つ、「全体的な流れ」すなわち水平性、方向性に身をまかせることがより重要だ。〜中略〜だからといって一つの作品を理解するうえで、垂直性および和声が本質であることが否定されるわけではない。(274)


※このページは深い。読み直し必須。


もうピアノと格闘しないことも学んだ。
ピアノは永久に友人だ。(274)


穏やかで控えめな態度、この無の境地と引き換えに、人は音楽の真実に到達し得るのだと思う。(276)


※このページは西洋と中国の思想の共通点のようなものが興味深く語られている。



時おり人生では、自分の最も無欲な行動から最も多くを刈り取ることができるのだ。(278)



演奏する前に頭を空っぽにする。
ちょうど良いテンポを探していると、呼吸が楽になり、楽譜にこもったあらゆる美しい音が聞こえ、曲想が自然に展開していく。(304)


良いテンポを探そうとするのは音楽においてだけではないはずだ。
人生においても良いリズムを見いだすことは大切だ。(304)


バッハにおける対位法で交錯する旋律は、私に書の世界を思い起こさせる。
典型的な中国芸術で、何よりもまず呼吸と瞑想の技だ。(305)


※この後、中国の思想とバッハのゴールドベルク変奏曲がリンクしている様が、美しい文章で綴ってある。そして最後にこの言葉であります。



終わりは始まりにつながる。
しかし異なるものなのだ。(308)



パン先生との会話が興味深かった(326)
※「混じり合う文化」について
※インドの作家 ラビンドラナート・タゴール「多様さを認識しなさい。そうすれば一つになれる」





完璧さなどは存在しないことを認めるのが賢明なのだろう。(333)



(コンサート)会場に着くと必ずその場所に挨拶する。(335)



※バッハのゴールドベルク変奏曲をコンサートで弾いた後、聴衆がアンコールを求めた時の一言


「バッハの後には何も演奏することはできません」(338)



人生とは、継続するものであり、変化するものであり、過去を振り返るよりも、その進化に身を捧げることこそがふさわしいということなのだ。(346)


※このページはこの人生を歩んできたシャオメイさんだからこその言葉。しみます。


私、そして収容所の仲間たちは、音楽、より広くは芸術を通して「生まれ変われた」おかげで、すべてを一新することができた。音楽は私たちに人間性を取り戻してくれた。(351)


※このページはずっと、ずっとすごい言葉が続きます。


音楽は、政治や宗教とは異なったやり方で人々を結びつける。
最も強いものとして、人間性への愛をもたらし、そのおかげで人はすべてを克服することが可能になるのだ。


音楽を演奏する時、人は無条件に自分を分け与える。
私にとっては、それが愛の定義だ。

音楽の力を用いて、どんなものであろうと人々に押しつけてはならないということを、文化大革命の経験から私は確信したと思う。

演奏しながら私が探しているのは、人々に語りかけること、聴衆に向かって何か言うこと、彼らに作品の持つ美のすべてを表現すること、彼らの心に触れることだ。(354)


音楽の真実は人間である。
大切なのなそこにいるすべての人〜演奏家だけでなく、聴いているすべての人たち〜である。(354)



成功というのは何ものでもない。(358)


演奏するために考えすぎるのをやめ、この本質的な自発性と無意識と再発見することが必要だ。なぜなら、その瞬間にこそ、他人や世界に潜在する精神的な生命力を迎え入れるのに必要な条件が満たされ、インスピレーションに触れることができるからだ。(358)


※この言葉、難しい。




※最後に日本語監修者のあとがきより。日本語訳も美しい著書でした。


彼女は「諦めず、努力し、耐えて闘い、自ら命運を開いたのだ」と思いました。(378)




♪♪♪♪♪

深いです。
ほんとうに。


この本を読んで、「ピアニストの自伝」に興味が湧きました。
人の生き方から学べること。
実際自分が生きる事のできる人生は1回。
だからこそ、他の方の人生を本を通じて知ることができるのは、貴重であると思います。




出会えて良かった本です。
本当に良かった。
また読み直します。
ありがとうございました!



b0162238_20423808.jpg







by chikako-kokachi | 2017-08-25 23:30 | 本、映画、絵

【本】ピアニスト小山美穂恵さん 点と魂と   

ピアニスト小山美穂恵さんの本


b0162238_11094933.jpg









こちらを読みきりました。




ずっと、ピアニストとアスリートは似ている、と漠然と思っていました。




精神面で共通点がある、と。




さらに、最近自分がピアノを弾くときの体の研究をしているのもあって、体の軸、体の使い方、といったところも、あらゆるスポーツに繋がっている感覚が強くなっています。





そこにきて、この小山さんの本。





2015年から雑誌「音楽の友」(音楽之友社)で「対談・脱力の極み」という連載をされていて、そこでトップアスリートの方とお会いし、対談されたそうです。





連載の後半では、対談のお相手も幅広い職業の方に繋がったそうで、女優の大竹しのぶさん、狂言師の野村萬斎さん、棋士の羽生善治さん、宇宙飛行士の山崎直子さん、バレエダンサーの熊川哲也さん、などなど。





いわゆる脱力的なこと、体のこと、あとは精神面のお話。





どの分野でも軸になっている部分は同じなのだと改めて思いました。




研究はつきない。。





小山さんの優しい語り口の文章。
分かりやすく、読みやすいです。
小山さんのピアノを生で聴いてみたいと思いました。
とても誠実な印象。
きっと奏でる音楽もそうなのだろうな、と。



♪♪♪♪♪♪♪



ここ半年位、ピアノ(楽器)との距離を変えてみました。
椅子の位置を少し離して、重心がもっと感じられる場所を探そうと。
体の感覚、変わってきました。





色々な意見があるけれど、やってみないと分からないことだらけ。





昔から私のピアノを聴いてくださっているピアニストの方が、少し前のホールの本番に偶然いらしていて、終わりに感想をいただきました。





「ちかちゃん、座る位置変えた?昔からあの距離だったっけ?」





うれしいです^ ^
気づいてくださる方がいる。
ひとつご意見も頂いたので、それも考えながら、研究は続く、です。




全て音楽の為に。
挑戦してみる。


♪♪♪♪♪♪♪



小山さんは本の中でおっしゃっています。



トップアスリートの方たちは変化を怖れません。
長年にわたって実績を上げてきた方法があっても、よいと思うものはまず試してみる。
リスクを承知で挑戦し、たとえそれが失敗に終わっても、すぐに気持ちを切り替えて、次の試合に向かう。
「安心だから」と、昔と同じことを続けていてはいけないのです。
小さい頃に習った恩師の教えは大切です。
ですが、ものの感じ方や身体的な機能は、日々変化していきます。
スピードスケート 岡崎朋美さんとの対談より





♪♪♪♪♪♪♪


下記、いくつか自分のメモとして印象に残った言葉を挙げておきます。
あ〜まだまだ、まだまだ!!






試合も、コンサートも、決められた日の決められた時間に、自分の力を発揮しなくてはならない。
スキー 原田雅彦さんとの対談より






技術だけでは感動は生まれません。
大好きなこと、心からやりたいと願うことがあり、出したい音、伝えたい想いがある。
それを実現するために「スイートスポット」を見つけるのであって、その逆ではない。
マラソン 高橋尚子さんや女優 大竹しのぶさんとの対談より






一回の舞台に全てを賭け、芸術のさらなる高みをどん欲に目指そうとされてる生き方に、深い共感を覚えました。
狂言師 野村萬斎さんとの対談より






なぜ狂言をやっているのか
悩み続け、だんだん悩むのを諦めた。
お客さんが満足すれば「今日狂言をやった意味があった」といえるのではないか。なぜ自分がやらなければいけないかは、その日の舞台で照明すればいい、やっとそういう風に思えるようになった。
狂言師 野村萬斎さん







脱力はエコ。
エコだからこそ体の負担は軽くなる。
野球 工藤公康さんとの対談より







工藤サンは日常のなにげにもののなかに大切なものを見つけられる。
そしてすぐに自分のなかに取り入れて、活かしてゆかれる。
身のまわりすべてのことが野球人生に役に立つ。
普段の生活に発見がある。




忙しくとも睡眠をたっぷり取って、自己管理を徹底する。




素直であること、つまり心の脱力ができていることは、一流選手の特徴でもあるようです。
コーチに言われたことを素直に信じてがんばれる人が強くなれる。自分の悪いところを認めなければ、前にはすすめませんから
シンクロナイズドスイミング 奥野史子






ちょうどいい加減で力が抜けたのが「良い緊張」で、そういう場合は身が引き締まる。
それに対して、「悪い緊張」はからだがこわばる。
プロ棋士 羽生善治






経験を積むと集中できる時間が長くなり、それに比例して強くなれます。でも、集中するとだんだん我を忘れてしまう。難しいことですが、そこで平常心を保ことが大切なのです。
プロ棋士 羽生善治






演奏のときは肩甲骨から、もっと言えばお腹から弾いているのです。
体幹を意識して演奏することは、とても大切なことなのです。



ピアノの練習は、弾けるようになる努力とからだを上手に使う努力、どの両方をしなければいけないと思います。





演奏中の私の体が「馬型」「豹型」の二種類だったと言われたのです。
それ以来、「馬」のように直線的に力を伝える動きと、「豹」のように曲線的に力を移動させる動きなど、動物的な感覚でからだを感じてみようと意識するようになりました。
スポーツ科学専門 小林寛道東京大学名誉教授との対談より





武術では「残心」が大事です。うまい人には流れがある。ひとつの技をやって終わりではなく、すぐに次の構えに入る。




普通に歩くことはできるけれど、美しく歩くことが難しいように、なんとなく弾くことができても、美しく弾くことがとても難しい。
バレーダンサー熊川哲也さんとの対談より





どんな苦悩があったとしても、「生きる」ということは、希望や喜びにあふれている。
そして、音楽とは本来、人間の心に希望や喜びを与えるものだった。




楽器と人体になんとも言えない一体感が現れる。そういうとき人体は楽器の一部になっているのですよ
医師 日野原重明






「演奏家と聴き手が一体になること」の重要性




大切なのは、理想を追い求める強い気持ちだということ。
魂が音楽をつくるのだと思うのです。
ほどよく力を抜いて、気持ちを込める。
いつの日か、自分という存在を超越して、無になって演奏をしたい。
(順不同)








by chikako-kokachi | 2017-07-13 07:37 | 本、映画、絵

【本】超一流になるのは才能か努力か〜限界的練習、心的イメージ、優れた教師   

いつものテーマです笑



才能か努力か







この本、随分前に出会ったのですが、なかなか読むのに時間がかかってしまいました。
他の本と並行しながら、なんとか数ヶ月かけて読みきりました。




本の中では、音楽に関することだけでなく、スポーツやチェス、お医者さんの話など、多方面に渡る例を用いて話が進んでいたので、それを理解するのに時間がかかりました。




読み終わった後、頭が混乱したので、ノートに自分なりにまとめてみました。
そこでやっとすっきりしました。
その通りだ、と思うことが見えてきました。





自分の為に書き留めておきたいので、もしご興味ございましたら、お付き合いください。
(長いです笑)



b0162238_11280721.jpg




♪♪♪♪♪



最終的にこの本の結論は




「才能ではなく努力」




ということに繋がります。




「(IQではなく)練習こそが能力の最大の源」




という言葉で表現されていました。









キーワードは3つ



【限界的練習】


【心的イメージ】


【優れた指導者】







キーワードを使って流れを引用すると






【限界的練習】の最大の目的は有効な【心的イメージ】を形成すること。

【心的イメージ】もまた【限界的練習】において重要な役割を果たす。

【限界的練習】には【優れた指導者(教師、コーチ)】が必要。






となってくる。






キーワード3つを詳細にみていきます。





  1. まずは【限界的練習】
人生を主体的に選び、才能を自分でつくり出し、今の自分が限界だという考えに与しないすべての人のためにある。
才能を引き出すことではない。才能を創りだすこと。(それまでできなかったことをできるようにすること)
→この一歩をふみだせると、学習は遺伝子宿命を実現する手段ではなくなる。自らの運命を自らのちからで切り拓き、才能を思いどおりに創っていく手段となる




具体的に【限界的練習】とは
・コンフォートゾーン(自分がいて快適なところ)を飛び出すことが必要
要するに少し負荷をかけることによって脳や身体に適応を強いる事
→有効な【心的イメージ】が形成される
・具体的な目標があること(小さなステップの積み重ね)
・集中して行う
・フィードバックが必要(上達具合のモニタリング)→【優れた指導者】が必要になってくる





超簡潔に私なりにまとめたのが上記です。
下記は、もう少し詳細に。本からの引用です。
ちょっぴり分かりにくいかもです。





【限界的練習】の定義
・すでに他の人々によって正しいとやり方が明らかにされ、効果的な訓練法が確立された技能をのばすためのもの(練習のカリキュラムはコーチが設計、監督)
・コンフォートゾーンの外側で、常に現在の能力をわずかに上回る課題に挑戦しつづけること
・明確に定義された具体的な目標がある(小さな目標から大きな達成へ。コーチとともに)
・意識的に行う。全神経を集中させて、自ら。
・フィードバックとそれに対応して取り組みを修正することが必要
・有効な心的イメージを生み出すと同時にそれに影響を受ける。才能の向上は心的イメージの改善と密接に関係している。
・新たな技能は既存の技能の上に積み重なっていく。基本となる技能をコーチは正確におしえなくてはいけない。







【限界的練習】によって下記のようなことに繋がっていきます








→訓練(練習)によって新たな脳の回路を構築する。脳に変化が起きる。
→脳、身体の適応性を引き出す
→能力をうむ
※ただの努力では能力は向上しない







具体的にはどのような練習なのか?

→ただ繰り返すだけでない、やみくもに反復しない
何が違うのか注意を払いそれを直していていく。反復の目的は弱い部分を見附、それを集中的に強くしていくこと。

→1つ1つの動きを正しくやることに意識を集中すると上達が加速する

→毎回明確な目標を設定し、練習時間を短くすること
100%の力で短い時間の練習○ 70%で長時間の練習△







☆最大の目的は【限界的練習】によって優れた【心的イメージ】を形成すること








2. 次に【心的イメージ】





【心的イメージ】とは
脳が今考えているモノ、概念、一連の情報など、具体的あるいは抽象的は対象に対応する心的構造のこと
ex) 視覚的イメージ、言葉
【限界的練習】の大部分はその活動に役立つ有効な心的イメージを作り上げていくためのもの。






では傑出した技能を持つ人と普通の人との違いは?→【心的イメージ】の質と量
長年にわたる練習を通じて、エキスパートは様々な状況に対応する複雑で高度なイメージを作り上げる。







例えば、普通の人には「木」にしか見えないことが、エキスパートには「森」に見える。







音楽にもぴったりあてはまるな、と思いました。
下記は私なりにまとめたことです。






エキスパートには、新しい楽譜をみただけで、どんな調べになるかが瞬時に分かる。

→要するに、長年の練習の中で、楽譜の読み解き方を知っている。

→もっと言うと、どこまで深く読み込めるかは、練習の仕方、視野の広さにかかってくる。

→さらにいうと、先生(指導者)がどこまでその子に「質の高い」楽譜を読む力を示してあげれたか、気づきを与えてあげれたかにかかってくる。








本文119ページから123ページあたりが、まさに音楽に関わることで、とても重要だと思うことでした。
端的にまとめておきます。







♪初心者&中級者 (【心的イメージ】がまだあまりない)
どのように演奏すべきか明確なアイディアが少ない
→でも音のミスには気づけるかも?




♪上級者 (【心的イメージ】が発展している)
本番の演奏での指針となる、きわめて詳細な心的イメージがある
→もっと質の高いところに気づける
※楽曲の完璧な演奏にどれくらい近づいているか、さらに上達するためにはどこを変えていけばいいのか、適切な練習方法を見極める為に【心的イメージ】を使っている

→要するに、自分の練習を自分でモニタリングできる









一番心に残った言葉は、また、【心的イメージ】の大切さを的確に表している言葉は



一流のピアニストは曲の「地図」を作ることができる





というものです。
まさに。





楽譜からの情報でさまざまに分析できる理想のイメージの質が高く、そこに近づく為に今自分がやらなくてはいけないことを知っている。






長年かけて積み重ねてきた質の高い柔軟な【心的イメージ】をもって、曲を読み解く力、またそれをどのように表現したらいいかを自分で判断していけるという。






結論として





スキルを磨く事が【心的イメージ】を磨く
優れた【心的イメージ】がスキルの向上をさらに後押しする





としています。
これまたまさに。









3. 最後に【優れた指導者】







【限界的練習】には優れたコーチ、教師が必要で
優れたコーチとは専門性の高い技能の向上を促すような練習方法を示してくれる人、とあります。







成功のために一番重要なことは優れた教師をみつけその指導を受けること





と書いてあります。
もう一点





自分のレベルに合ったアドバイスをくれるコーチの個人レッスンが効果的




と。
これは要するに「自身の変化に伴って教師を変える必要が生じる場合もある」ということ。






教師に関して下記にいくつか本の内容をまとめてみました。






優れた教師とは
学びの最適順序を理解している

技法の正しいやり方の手本を見せることができる

有効なフィードバックを与えることができる

弱点を克服する為の練習メニューを考えられる

・【意欲】を引き出すことができる。

特定の問題の解き方を教えるのではなく、一般的なパターンやプロセスを考えさせる。「どうやって解くか」ではなく「なぜそうなるのか」に目をむけさせる→【意欲】の引き出しに繋がる



※【意欲】は外から与えられるもの(親御さんや先生の励まし、サポート、拍手などの喜び)から、内から湧き出るもの(生徒自身が努力の成果を実感して自発的に練習に取り組むこと)へと次第に変化していき、褒めて伸ばすはいずれ使えなくなる。




意欲に関してはまだ重要なことあり!!









という訳で、一番始めに示した3つのキーワードを作った重要な流れをここでもう一度登場させると







【限界的練習】の最大の目的は有効な【心的イメージ】を形成すること。

【心的イメージ】もまた【限界的練習】において重要な役割を果たす。

【限界的練習】には【優れた指導者(教師、コーチ)】が必要。






とても簡潔にしてしまえば







・練習の仕方を見直そう。
・指導者の存在は大事である








という。
これだけ本から引用してまとめておいて、この簡潔すぎる結果はどうなの、といった感じですが苦笑




上記2点の他に自分にとって印象深かったのは







【心的イメージ】






という言葉。







これ、音楽家でもスポーツ選手でもプロ棋士さんでも、お医者さんでも大きなキーポイントだと思います。
私の中では【センス】という言葉にも繋がる。






この本を読んで、【センス】は、生まれ持ったものもあるかもしれませんが、師事した先生、環境、練習の仕方で長年訓練、経験を積んでいったら、後天的に身につけていくことができるようになるのではないか、という思いになりました。







長いことお付き合いくださりありがとうございました。
分かりにくい内容ですみません。。
海外の本の翻訳本は少し読みにくいです。。
あきらめずに読みきれて良かったな、と思いますが。






主体的に学ぶ事。






大切にしていきたいです。





才能か、努力かの問いは永遠に続くでしょう。
でも、「才能」で片付けてしまわない「努力」をしたいものに出会えたから、諦めずに挑戦したい。





ただそれだけの想いでピアノを続けているのかもしれません。
不器用で時間もかかるし、ぶつぶつ言って正直楽しいことばかりでもないけれど。
やめないで挑戦していける人生でありたい。






PS【教師】に関する面白い内容があったので、今度、おまけとして書き留めてみようと思います。






最後にもう一度本の情報を載せておきますね!










♪♪♪♪♪



こんな固いお話の最後には癒しが必要です。笑

小田原の紫陽花。

もうそろそろ終わりかな。

美しかったです。

ここを通って練習会場へ行ける幸せ。

自然と音楽は近いです。


b0162238_11583574.jpg
b0162238_11585241.jpg
b0162238_11590740.jpg
b0162238_11592050.jpg

















by chikako-kokachi | 2017-07-01 00:46 | 本、映画、絵

草間彌生展 〜芸術のエネルギー   

ゴールデンウィーク前に、草間彌生展に行ってきました。
@新国立美術館
b0162238_18480597.jpg


b0162238_18480534.jpg


ものすごいエネルギー。

作品に魂が宿ってるというか。
生命力が半端なく。




b0162238_18480603.jpg


b0162238_18480623.jpg


b0162238_18480762.jpg


撮影可能部屋にあった作品です。


1枚1枚作品に名前が付いているのですが、、、


作品が先行なのか名前が先行なのか分かりませんが、、、想像を掻き立てられました。




その他、写真禁止ブースの作品は、またガラッと違った雰囲気で、その世界観の違いに驚きの連続。




展覧会に入る前の草間さんの言葉がグサグサきました。






朝から晩まで芸術の制作に命がけで闘っています。




芸術の創造は孤高の営みだ。
それは世界の人たちと感動を共にすることに命を賭けて成し遂げるものだと思います。







草間さんの本を読んでみようと思いました。






渋谷駅の井の頭線ホームに向かう通りに、岡本太郎さんの特大の作品があります。
よく通るので、いつもその作品を意識的に観て感じて、エネルギーを頂いています。






なんとなく、似ているような。






描き手の魂が、作品を通して人の心に訴えかけてきます。






草間弥生展は5月22日まで。






GW前であれだけ混雑していたので、展覧会終了前もすごい人かもしれませんが!!
もしご興味ございましたら是非に。






芸術は言葉にならない

by chikako-kokachi | 2017-05-16 00:41 | 本、映画、絵

GW、お家で映画もいいかも?!三島有紀子監督 映画「幸せのパン」映画「ぶどうのなみだ」   

2013年、ドラマのピアノ吹き替え演奏のお仕事、また女優さんへのピアノ指導のようなお仕事をいたしました。





その時、監督 三島有紀子さんに出会いました。





その後ずっとご無沙汰してしまっていますが、ふとしたことで、三島監督の作品に触れることとなりました。





ドラマのお仕事をしている時、帰り道に一緒に電車で帰った時、どの時もとても素敵な方だな。。。と思っていました。





世界観があり、丁寧で、鋭くて。





※その時のブログの1つはこちらです。





ふと出会った三島監督の映画2作品がAmazonプライムで公開されています。





Amazonプライム会員の皆様、もしお時間ございましたら是非ご覧下さい。





映画「幸せのパン」





映画「ぶどうのなみだ」





どちらも北海道が舞台です。
映像が美しい。
都会の喧騒を離れ、時がゆっくり流れます。
自然と寄り添った人間の姿。
人と人の繋がり。
おいしい、シンプルなごはん。
派手ではないけれど、全てが本当に美しいです。




「幸せのパン」を観ると、美味しいシンプルなパンが食べたくなります。
「ぶどうのなみだ」を観ると、美味しいシンプルな赤ワインが飲みたくなります。









そして心があらわれます。
そして大切な人に会いたくなります。





映画中の音楽もいいです。
シンプルで。





好きな暮らしをしたいと思ったんです。
好きな場所で。
好きな人と。


映画「幸せのパンより」






癒されたい方。
優しい気持ちになりたい方。
ゆっくり流れる時間が恋しい方。
美しい景色に出会いたい方。




是非に。




個人的には俳優さん達、それぞれの存在感がなんともいえず好きでした。
間の取り方もファンタスティックです。




観ていて三島監督のことを思いだしました。
丁寧なこだわり、鋭く敏感な感覚。





またいつかお会いしたいな。
ご連絡してみようかな。





みなさま、充実のGWを!!

by chikako-kokachi | 2017-05-02 07:15 | 本、映画、絵

【本】一汁一菜でよいという提案〜すべてのことで基本が大事である〜   

b0162238_18233838.jpg
※本に影響されて一汁一菜に挑戦





お仕事でご一緒しているヴォイストレーナーの先生から教えていただきました。






一汁一菜でよいという提案 土井善晴著




b0162238_18215450.jpg



正直、ごはんを毎日つくるのは大変です。。
メニューを考えて、買い出しににいって、時間も労力も使う。
でも、食事が大切なことは母から教わっているし、外食が続けば体がおかしくなるのは身を以て経験しているので、家でつくって食べる食事が大切なことも重々分かっています。






幸い料理は苦ではないです。
むしろ料理は息抜きのように思っています。






それでも本番が続けば、メニューも疎かになっていくし、食事を抜いてしまうことも、、






この本に出会って、「そっか、ごはんとお味噌汁があれば充分なのだな!」
と安心感をいただきました笑






そして、それだけではなく、それ以上に深いところの物事の視点を教わりました。






人が生きる原点といいますか
生きていくのに大切なことはとてもシンプルなことであること
日本人の美意識、日本文化の美しさ






日本の「ハレ」と「ケ」の概念








食事の根源的な意味を考えること。
すべての人の命をつくるものだから。
最低限のことを行うことが一人ひとりの幸福の為の行動。








良く食べることは良く生きること






人間の暮らしで一番大切なことは「一生懸命生活すること」
一生懸命したことは、いちばん純粋なこと。
純粋であることはもっとも美しく、尊いこと。







すべてのことは基本が大事。






和食の感性、考えるよりも感じること







和食のおいしさは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感をすべて働かせて味わい、感じた事を意識化したもの







偽りのない「真実」、打算のない「善良」、濁りのない「美しさ」という、人間の理想として好まれるものが「真善美」。それを「きれい」という一言で表してしまうのが日本人なのです。







お料理と人間の間に箸を揃えて横に置くのは、自然と人間、お天道様から生まれた恵みと人間との間に境を引いているのです。「いただきます」という言葉で結界を解いて食事を始めるのだと考えられます。








いくつか自分自身ピックアップしておきたい言葉をひろっておきましたが、その他にもグサグサくる言葉がありました。








全て音楽に通じてきて、さらには生き方に通じてくる。
食も音楽も自然も、そして美意識も生き方も、全て円を描く様に繋がっている気がします。







合唱団わをんさんの演奏会のご案内をさせていただきました。
その第4ステージの組曲(初演)。
詩人は長田弘さんです。







組曲終曲である第4曲目の詩にこんな部分があります







よい食卓の上には、
よい時間が載っている。
おいしい食事とは、
おいしい時間のことだ。
食卓を共にするということは、
時間を共にするということだ。









ぐっときます。
その通りです。







長田さんの詩集に







食卓一期一会 長田弘






というものがあるのを指揮者さんから教えていただきました。







この一汁一菜を読んだ後だったので、興味深く、この詩集を購入しました。







一期一会は食卓にあり
人生とは   誰と食卓を共にするかということだ







全篇全て食べ物の詩です。
そして、全て人生につながる。。






結局、何事も基本が大切で、食事の時間も音楽の時間も、その時間を誰と共に過ごすかというのが大事で、そこにはいつだって「美」があり、自分の居場所があるのです。







ご興味ございましたら、どうぞお手にとってみてください。
素敵な本を教えてくださったYせんせい、ありがとうございます!





ちなみにネットに著者である土井義晴さんのインタビューページがありました。たくさんあった中から2つをリンクさせていただきます。






生協パルシステムの情報メディア KOKOCARAより







The Huffington Postの記事より







晩ご飯は、一汁一菜でいい。
そう思うとメニューを考えるプレッシャーから楽になります。
その食事を囲む家族を、大切に思いながら作りたいです。








ここからはとてもあったかい、ただ感謝しかないお話です。







ある曜日、朝から晩まで、家を出てから家に帰るまで12時間以上の日があります。
この曜日はいつもお昼が疎かになります。
たまたまお昼頃に生徒さんのご自宅レッスンがあります。
あるきっかけで、そのレッスン後に少し、そこで練習させて頂けることになりました。






レッスン後に練習しようと思ったら








「先生、お時間ありましたら、簡単にお昼いかがですか?」と







いただいたお昼ご飯です。
b0162238_18250103.jpg



まさにこの本を読んでいるときだったので、涙がでるほど嬉しかったです。
いつも暖かく見守ってくださる方。
おいしい、おいしい。
心からありがとうございました!






ごはんは、人を幸せにしてくれますね。
愛情が伝わりますね。
そして、きっとそれは音楽も一緒だと信じています。







下記は初挑戦した料理達




ひじきの煮物はだんなさんの好物。
でも結婚して4年目、初めてつくりました笑
b0162238_18254647.jpg




とりのささみを使ってポン酢と大根おろしで混ぜました。
大好きな料理屋さんにあったメニューを真似してみました。
もちろん味は落ちますが、それでも充分美味しかったです。
b0162238_18260897.jpg




豚肉とタマネギと小松菜のペペロンチーノ〜柚胡椒入り(本当はキャベツが良かった)
レストランのランチでいただいたものが美味しく挑戦。
柚胡椒を使うのか!とびっくりしましたが、ランチをご一緒した方もお家でおつくりになっていると!よくできました笑

b0162238_18265271.jpg


by chikako-kokachi | 2017-04-08 07:49 | 本、映画、絵

ピアニスト郎朗(ランラン)の自伝より〜勝利より大切なこと   

少し前のブログの最後でちょっぴりご紹介させて頂いたピアニスト、郎朗(ランラン)の自伝。




読み終えています。




その独特の演奏スタイル、演奏表現に、様々な感想が話題になるランランです。
好みも分かれるタイプのピアニストさんかもしれません。




ただ、私が思うのは、「音楽が本当に心から、溢れまくるくらい大好きなのだな!」ということです。飽和して溢れてしまう音楽への純粋な熱い想いが、彼のこうした生き方から奏でられているのか、と。そんなことを感じながら、ドキュメンタリー映画をみているような感覚でこの本を読破しました。信じられないようなドラマの連続でした。




ランランは1981年生まれ。
丁度1966年から約10年間続いた中国文化大革命の終焉後。




本のあとがきには




英国のクラシック音楽雑誌「グラマフォン」の記事によると、現在、クラシック界で頭角を現している音楽家は、ちょうどラン・ランのように、文化大革命終焉の数年後に生まれた世代だという。中国の都市部では文化大革命の反動からか、親達はこぞって子どもたちに芸術教育を受けさせた。





政府の推進していた一人っ子政策もあり、子ども達の芸術は、親御さんの期待を一身に背負い、厳しい競争世界の中で渦巻いている様子がこの本からもよく分かります。




音楽的な素養を持っていらしたご両親は、その道を文化大革命によって閉ざされ、その期待を一人息子のランランに託していました。父、母、それぞれの愛情で、その競争世界に進む息子を守り、お父様に至っては、度を超えているのではないか、と感じるほどの厳しさを持って息子に向かい、彼の側を離れないさまがランランの言葉で、リアルに再現されています。




本の帯にはこうありました。




「ナンバーワン」は父と母の口癖だった





5歳の頃からコンクールづくし。
コンクールの裏の黒い世界のことも記述あり。
事実はどうだか分かりませんが。
(中国に限らず、時代を超えて、あることなのかもしれません)
いつだってナンバーワンを目指して、ナンバーワンになりたくて、勝つ事に執念を燃やし続けた親子の現実。
勝つたびに未来が開かれていったのも事実。




そんな親子のコンクール人生、止まることの知らない競争人生が、アメリカで師事したゲイリー・グラフマン氏の助言で一新します。





コンクールに追われる日々は終わらせなければならないと固く信じている






それに対してランランはこう記述しています。





僕は生きて呼吸する日々は終わったといわれているかのようだった






大きなコンクールでいい成績を収められなかったら、中国では誰も見向きもしなくなります






グラフマン氏は一流のブッキングエージェントに引き合わせる事を約束してくれたそうです。代奏者リスト。だれかが演奏をキャンセルした時に弾く代奏者。





ランラン、ナンバーワンになること以外に注意を向ければ、たくさんのいいことが起こるんだよ。(中略)ただ音楽に集中しなさい。






ここまでしても、ランラン親子は納得していません。
葛藤がありながらもその言葉をのんで過ごしていく様子の記述には彼の本心そのままを感じました。





彼の独特の(といっていいのか、個性の強い、とでも表現すべきか)演奏スタイルに対する評論家の様々な意見に対する心情も正直に書かれています。





また、「ナンバーワン」精神が強烈な母国への凱旋帰国コンサートの時の様子は、それぞれの国の芸術に対する考え方の違いがはっきりわかり、そこに至る日迄の様子も、ドラマのようでした。





息子に全てをかけるご両親の愛情。
私には過剰にうつりましたけど。
だからこその今があるのでしょう。





大人になってから、大きな国際コンクールに優勝することなく、こうして今も世界中で活躍しているランラン。





何度も書いていますが、大事なのは誰かとの競争ではなく、自分との闘い。
音楽とどれだけ自分が向き合えるか。
その孤独に耐えられるか。





再確認した本でした。




まだまだ書きたい事沢山ですが。
まとまらないのでこの辺で。




そして、今度の日曜日(2/5)にランランが「題名のない音楽会」に出演されるそうです。
教えていただきました。(いつもありがとうございます!)
ランランが音楽教育について語るとか。
詳しくはこちらの番組HPで!





最後に追記です。



グレン・グールドの代役に抜擢されたアンドレ・ワッツはそれを機に有名になる。
そして、そのワッツの代役を務めたのが、郎朗(ランラン)。
シカゴ交響楽団との共演機会を得、そこから快進撃が始まる。
グールド、ワッツ、ランランを結びつけた曲がバッハの「ゴールドベルク変奏曲」
このくだりには、ぞくっとした。
さらなる続きがある。
2003年、ランランが手を痛め、その代役をワッツが務める。






人生はドラマのようで、音楽もまた人生のよう。




あーーー人生とは。




奇跡のピアニスト郎朗(ラン・ラン)自伝―一歩ずつ進めば夢はかなう
b0162238_12264971.jpg


by chikako-kokachi | 2017-02-03 08:03 | 本、映画、絵