プロの演奏家。アマチュアとの違いはどこにあるのか?   

元来、芸術とはアマチュアがやるべきものだ。
好きなときに好きな曲を十二分な練習時間をかけてやる。
これはアマチュアだけが持つ特権である。
ところがプロになるとそうはいかない。
演奏行為によって生活してゆかなければならないからである。
プロとしての生活は芸術家を墜落に導く。
優れた作品を創造し、それによって鑑賞する人々を感動させるから芸術家の名に値するのであって、卓越した技術を切り売りするような演奏家は単なる音楽家にすぎない。

(「私のフルトヴェングラー」宇野功芳著 P.18より抜粋)




今、宇野先生の本を読んでいます。



私のフルトヴェングラー 宇野功芳著




その中の一節です。




プロはプロのすべき仕事があると思っています。
プロにしか出来ない事もある。
でも、たまに、音楽において、プロとアマチュアの境とは、どこにあるのか、分からない時があります。プロだから「うまい」わけでは決してない。プロより「うまい」アマチュアの演奏に出会うこと、しばしばあります。「感動」という言葉を使うのであれば、多くのアマチュアの演奏に感動しています。



お金が発生するからプロなのか?
もちろん、そうだと思います。
でも、アマチュアの方でも、お金を頂いて演奏することもある。



先生の言葉こそ、プロとして音楽の仕事をしている者達が、心してかからないといけない問題だと思います。とてもとてもおっしゃることの意味が分かります。この問題はプロの演奏家にとって、永遠の課題だと思います。音楽で食べていくことの難しさを全面に表現していると思います。




ただ、悔しいじゃないですか、この文章。笑。
少なくとも私は悔しい。(←負けず嫌い)



プロだと、
優れた作品を創造し、それによって鑑賞する人々を感動させるから芸術家
になれないのでしょうか。




それは違うと言えるようなプロになりたい。
その道がどんなに困難かは重々承知の上で。



こうやって自分にプレッシャーをかけて、撃沈する可能性もあります。
この想いに対する結果は、自分の人生が終わった後に判明することだと思います。



まだ読み始めなのに、心で先生と会話しています。
もう少し、先生との会話を楽しもうと思います。




♪♪♪♪♪
昨日の練習会場の紫陽花が綺麗でした。
花はそこにいるだけで美しい。
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by chikako-kokachi | 2016-06-16 06:46 | 音楽 その他

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