ピアノの先生   

インタネットが普及して、SNSのツールが世の中にどんどん広がって、目にする、耳にする情報量が昔より圧倒的に増えている。便利になったことも苦しくなったこともあるので、それが良いことなのか悪い?ことなのか分からないけれども。

「ピアノの先生」「ピアノ」に関する情報も沢山ある。
ピアノ教室のHP、ブログ、ピアノ奏法のブログ、ピアノ奏法の悩みの相談、ピアノの練習、教材、先生に関しての悩みetc 

ふと、ピアノの先生に求められていることは何だろうと考える。

音符が読めるようになって欲しい。
音楽を楽しんで欲しい。
音楽を好きになって欲しい。
テクニックの向上。
コンクールで賞をとりたい。
芸術の幅を広げていきたい。
演奏のアドバイスが欲しい。

様々な要望、思いがあると思う。
それぞれの想いに応える為には限りなく多くの知識が必要になる。
もしかしたら全部は無理かもしれない。
ピアノの先生はスーパーマンではない。笑



ピアノのレッスンは(個人レッスンであれば)その先生と生徒さん(小さいうちは親御さんも)の空間である。その先生の進め方、方針がメインになり、他の先生や生徒さんがどんなレッスンをしているのか、基本的には覗けない。

こんな限られた空間のなかでの音楽。
ピアノの先生とは、すごい責任だと思う。
だからなのか、先生の為の講習、セミナー等が全国あらゆるところで行われている。
教材を研究したり、指導法を研究したり、選曲に悩んだり、やることがいっぱいだ。




良い先生に巡り会うまで、多くの方がピアノの先生に関して悩んでいることを知る。「良い」の基準は人それぞれ違う。誰かにとっては良い先生でも、誰かにとっては違うこともあるかもしれない。結局のところ「相性」なのか。レッスンの時間、その空間が双方にとって満たされる時間であったらそれは成立するのかもしれない。




私は弾ける先生でありたいと強く思っている。
その為に、レッスン日程の変更があったりして、毎月のスケジュールを生徒さんと合わせてレッスン日を決めることが多い。毎週必ず何時から、年間何回レッスンという枠がないのが心配な方には、私との時間は苦痛かもしれない。先生としてはいけてない、わがままである。なので、なるべく迷惑のかからないようご一緒できる生徒さんの人数を少なくしておかないといけない、と思っている。





「いい時間」を「いい刺激」を「新しい世界」を心で感じてもらう為に、やらなきゃいけないことが(何度も書いているが)沢山である。それは教材の研究とか、指導法とか、そういう直接的なものはもちろんなのだけど、それだけでなく、私自身が弾くことによって得られるもの、生きていて経験したこと、心を刺激されたことからくることの方がダイレクトに伝わることがあるような、そんな気がしている。だからこそ私自身がピアノに向かうことが大切だと、そう自分に言い聞かせている。


先生も人である。
音楽は嘘がつけない。
ピアノの音に人がでる。
弾ける先生であり続ける為には、強い意志と情熱が必須だ。
今日のブログは自分への戒めに。

by chikako-kokachi | 2015-05-15 07:38 | ピアノ講師

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